雅臣の言葉が、まるで頭を殴られたように響いていく――。
……当たり前だと思う。
俺にはこんな罰じゃ足りない。
仲間を誰よりも想う雅臣の心の傷は、きっとすごく深いもの。
許せなくて当然だ。
もう昔みたいに笑い合うことなんてありはしない。
俺には、言葉を返す資格もないから……。
「もう俺、帰るから」
そう冷えきった声で言い残し、雅臣は去っていく。
「待ってよ、雅臣っ!」
千秋は必死に雅臣を追った。
涙声で崩れそうになりながら。
「……もう、やめろよ」
気付けば、千秋の手を掴んで静かに呟いていた智也。
「智也、離してっ!ほっといてよっ!」
もう雅臣はおらず、千秋は涙を流し切羽詰まった声で懸命に訴えていた。
もう全ては雅臣に向いていて、智也なんてまるで見えていない。
頬を伝う涙も、雅臣以外見えていない濡れた瞳も、必死に振りほどこうとする手も――。
「できないよ!――千秋のことが好きだから」
――その時全てが弾けた――。
こだまする智也の声と、突然訪れた沈黙。
千秋は言葉を失って、智也は俯いて小さく震えてた。
俺はただその状況を見届けるだけ……。
「……ごめん」
重い空気に辛辣な言葉がとけていく――。
そして、繋がれた手はするりと簡単に解けていった。
まるで糸を割くように……。
絆なんてきっとそんなもの。
いや、元々バラバラだったんだ。
それを一本の糸に見せ掛けていただけのこと――。
部屋中に虚しいドアの音が響いたのと同時に、智也は壁にもたれて崩れていった。
俺にはかける言葉さえありはしない。
いつも他人のために笑顔を見せる智也の、こんな姿見たことない……。
――世界なんて悪い方には簡単に変わる。
でも、時間だけは戻せない。
もうあの時の俺等には戻れないんだ――。
――空はあたり一面真っ青でアスファルトには太陽が焼き焦がすように照りつけている。
俺はおふくろに買い物をおしつけられて、仕方なく炎天下のもとを歩いていた。
あまりの暑さに頭がぼーっとしてくれば、つい昨日の智也の姿を思い出す――。
俺は慰めの言葉一つかけられなかったのに、智也は笑ってみせたんだ。
「カッコ悪いよな、俺。ずっと黙ってようと思ったのに」
壁に寄り掛かったまま、いたって明るく振る舞う智也。
眉を下げて困ったように崩された表情に、俺の胸まで苦しくなった。
「俺は本当にダメだなぁ。あ、奏斗は心配しないで、忘れてくれよ」
なんて奴なんだろう……。
自分が一番辛いときに、他人の心配なんかしやがって――。
昔からそうだ。
おふくろさんに心配かけまいと、幼い頃から智也は何でも一人でしてた。
俺等にだっていつも母親みたいに接して、弱い部分なんて滅多に見せたことがない。
だから、誰よりも大人で、優しいから人一倍、他人の痛みに敏感なんだ……。
そんな智也だからこそ心配で仕方ない。
大事な人のためなら、平気で笑顔を浮かべて自分が傷を受けるような奴なのだから……。
俺は静かに足を止めると小さくため息を吐いて、ある場所に行くことにした。
―――――――
――――
川のせせらぎが心地よく耳に入ってくる。
そんな音色を耳にしながら急遽寄り道した俺は、桜ヶ橋をわたっていた。
輝く水面は青々とした木々を鏡のようにうつしている。
俺はその光景を横目に見た後、森林に囲まれた坂道を目の前にしていた。
このまま上へと行けば美星丘へと繋がっているが、今日の目的地はそこではない。
俺は右側にある小道に目を向けた。
林の中へ続く、踏み固められた赤茶色の土の細い道。
あても根拠もないくせに、俺は一体何をしているのだろうと自問自答したくなる。
しかし俺は小道に足を踏み入れた――。
「やっぱりここだったか――」
林の中で一際目立つ大木の脇から見えたのは、サンダルの爪先。
夏の暑い日差しを和らげるように生い茂った葉の間から、光が零れ落ちている。
そんなやわらかな木漏れ日をうけ、キャラメル色のボブヘアーは輝き、そよ風に揺れていた。
「昔からワンパターンで、成長してねぇな」
何の反応もない少女に、尚俺は呟く。
何ともいえない静寂を、葉の擦れ合う音が包み込む。
ここにいるのは俺と膝を抱えてうずくまるこいつだけ。
よく見れば、その少女のデニムの膝小僧は、濃い青色に染まっていた……。
「わざわざ探しに来ないでよ……」
涙声でつっけんどんに言う千秋。
本当に可愛くねぇ。
探すっていったって、こんなの探すうちにも入らない。
昔から、かくれんぼをすれば一番に見つかるのは千秋だった。
何故なら、馬鹿みたいにここにばかり隠れるからだ――。
「いつまでそうしてんだよ?」
俺はその大木に背を預けると、揺れる葉を見上げて大きく息をはきだす。
「だって、……どうしていいか……分かんないんだもん」
千秋は顔を膝に埋めて、消え入りそうな声で呟いた。
そして、小さく啜り泣く声に、蝉の音が重なっていく……。
「泣きたいのは智也の方だろ。昔からなんだぞ」
――ずっとずっと、智也が千秋を想ってきたのは俺も知ってる。
でも、千秋は雅臣しか見てないから、智也は今も変わらぬ想いを、胸にしまい続けてきたのだろう。
「……何も気付かなかった……。あたし、自分のことばっかでっ――」
言葉につまると、堰を切ったように泣きじゃくりはじめた千秋。
本当に手が掛かる……。
俺は仕方なくポケットを探って、くしゃくしゃなハンカチを千秋の頭にぱさりと落とした。