……寄りかかって、みようかなぁ。



 身構えていた緊張感を、ちょっとだけ解いてみようかと思った。
 怖いとか、悲しいっていう感覚があるせいか、この温もりが心地いい。私的には勇気がいるけど、今はなら、それもできる気がして――だから、私からゆっくりと、先輩に体を預けてみた。

「……寝たのか?」

 それに私は、首を横に振って答える。

「珍しいな。そっちから近付いて来るなんて」

「っ!?」

 すっと体が引き寄せられ、さっきよりも間近に、先輩の体温を感じる。

「もう、帰れって言わないのか?」

 それにまた、私は頷くだけで答えを返した。

「なら、まだここにいてもいいわけか。――ほら、もっと楽にしろ」

 急に、体が強く引かれる。
 かと思えば、体はさっきよりも、全体重を預けるような体勢になっていて――背中から、先輩に抱きつかれていた。

「これ、結構いいな。――オレが落ち着きそうだ」

 ははっと、小さく笑う先輩。
 今度は、右半身だけじゃない。全身から、先輩の体温を感じる。
 恐怖とか淋しさは、どこへ行ったのか。
 今あるのは、恥ずかしいという感情だけだった。

「こ、こういう、のは……」

 さすがに恥ずかしいと口にすれば、先輩は右肩から顔を覗かせた。

「だが、落ち着くだろう?」

 た、確かに落ち着く気がするけど……。
 やっぱり、ここまで密着するのは恥ずかしいよ!

「顔、赤いな。――あの夜のこと、思い出したのか?」

 耳に、吐息と共に色っぽい音声が入ってくる。
 くすぐったくて、体が熱くなるような……今までに感じたことのない感覚がしていた。

「べ、別に、キスのことなんて……」

「オレは“あの夜”しか言ってないぞ?――そんなにしたいのか?」

 ふふっと怪しく笑いをこぼす先輩に、私はやられたと、心で思った。
 これじゃあまるで、キスを期待してるって言ったようなものだ!

「…………」

「ほら、嫌なら嫌って言え」

 そ、そりゃあ嫌だけど。
 前ほどの拒絶は、正直ない。
 先輩に慣れてしまったのか、それとも本当に……。



「言わないと――本当にするぞ?」



 すっと顎に手が添えられ、少し後ろを向くように力を加えられる。
 視線が合えば、逸らすことができなくて。
 このまま言わなかったら、どうなるかなんわ分かってるのに……なんで私、何も言わないの?
 その間にも、先輩の顔がゆっくりと近付いて来て。

「…………」

「…………」

 もう少しで、唇が触れる。――そう思った途端。先輩の携帯が、沈黙を破って鳴り響いた。
 近付くのを止めた先輩は、ちっと舌打ちをしてから、携帯睨み付けながら開く。

「……もしもし?」

 どうやら電話がかかってきたらしい。最初は不機嫌に対応していたものの、すぐに先輩は驚きの表情に変わった。

「へぇ~。ちょっとはその気になったのか。あぁ、じゃあな」

 どこか安堵したかのような先輩は、携帯の電源を切ると、テーブルへと置き話を始めた。

「電話、隼人から。帰りは各々で、ってな」

 そう告げると、ふっとやわらかな笑みを浮かべ、私の頬へ手を伸ばす。壊れ物を扱うようにそっと触れられ、ドキッと、心臓が高鳴ってしまう。