「だったらやってみてくれないか? もう一人の書記も、女子にしとくぞ?」

 「……それなら」

 「よし、決まりだな! で、早速で悪いが――これ、生徒会室に運んでくれ」

 半ば強引に押し付けられ、私はまた資料を持って、生徒会室へと向った。
 なんだか……気が重い。
 今朝、あんな場面を見ちゃったわけだし。
 コンッ、コンッとドアを叩くと、中からどうぞ、と声が聞こえる。

 「失礼します。あのう……これ、先生に頼まれた物です」

 「ありがとう。ここに置いてもらえるかな?」

 言われて、私は会長が立っている隣の机に資料を置いた。

 「――望月さん」

 こちらを見ながら名前を呼ばれ、私は会長に視線を向ける。

 「生徒会は、入るつもり?」

 「は、はい。先生に薦められましたから……」

 「へぇ~そうなんだ」

 途端、場の雰囲気が変わる。
 何だろうと思った時にはもう、背中に壁があって。



 「お前……運が悪いよな」



 目の前で怪しく微笑む、会長の姿が目に入った。
 まだ何が起きているのかわからなくて、困惑している間に、私の両手はさっと、片手で押さえられてしまった。



 ど、同一人物――なの?



 会長といえば、いつも笑顔。相手が後輩だろうと、決して「お前」なんて言わないような人。
 あまりの爽やかぶりに、密かにファンの人からは「王子」と称されるぐらいの人なのに――目の前にいるのは、別人にしか見えなかった。

 「か、梶原(かじわら)先輩……ですよね?」

 「それ以外の誰に見える?」

 目の前にいるのは、確かに梶原先輩で。雰囲気の違う先輩に、私は驚きを隠せなかった。

 「い、いつもと……話し方が」

 「あれは営業用」

 え、営業用って何!?
 またもや衝撃を受ける私に、先輩は顔を近付け、

 「――今朝、ここに隠れてただろう?」

 冷たい瞳で、私を見据えた。
 み、見られてたんだ……。
 さすがによくない状況だと、嫌な感覚が、体が包んでいく。緊張している私に、会長は尚も顔を近付けてくる。

 「ここに――いたよな?」

 力強い眼差し。
 あまりの近さに戸惑っていれば、もう一度、同じ質問をされた。

 「今朝、ここにいたのはお前だな?」

 「…………は、い」

 「誰かに話したか?」

 「い、いいえ。人に、言うことじゃないですから」

 「へぇ~。少しは常識があるのか。すると――知ってるのは、お前だけってことだな?」

 「っ?!」

 顎に、先輩の片手が触れる。くいっと持ち上げられたと思えば、目と鼻の先――少しでも動けば唇が触れるって思えるほど、すごく距離が近い。

 「……、っ……」

 「――――演技ではない、か」

 にやり、口元を緩めたかと思えば、顎にあった手は離れていく。でもまだ、私の両手は自由になっていない。
 な、何、考えてるんだろう……。
 少なくとも、よくないことを考えてる気がする。

 「あ、あのう……離して、くれませんか?」

 おそるおそる言えば、会長はまたしても、怪しい笑みを浮かべた。

 「離してほしいなら、今から言うことに同意しろ」

 一体、何を言われるのか……。
 ドキドキしながら続きの言葉を待っていれば、



 「――これから、そばにいろ」



 耳元で、甘い音声がささやかれた。
 でも内容は、有無を言わさない命令そのもの。唖然とする私に、会長は尚も要求を付きつける。



 「そして、オレに逆らわないこと。――返事は?」



 射るような眼差しに、私は目を逸らすことも、その言葉に答えることも忘れていた。