「勝手に手出しするんじゃねぇーよ」



 恐る恐る顔を見上げれば、そこには、梶原先輩の姿があった。
 男の人を見れば、頬を押さえながら、先輩を睨み付けていて。ケンカが始まると、そんな考えが頭に過った。

「卑怯だろうが! いきなり殴りやがって……」

「関係ない。人の彼女を無理やり連れて行くやつに、そんなこと言われたくねぇー。それよりも……」

 チラッと、先輩が横目で何を見る。それを私も目で追うと――騒ぎを聞きつけたのか、警官がこちらに向って来ていた。
 それを見た二人は(特に殴られた方は)、悔しそうに舌打ちをしてから、その場から立ち去った。
 よ、よかったぁ……。
 ケンカになるんじゃないかって心配だったから、これ以上何も起きなかったことに、安堵のため息をもらした。



「何も、されてねぇか?」



 心配そうに聞く先輩に、私は頷いて答えた。

「二人とも、何もなくてよかったよ」

 賀来先輩も一緒にいたらしく、どうやら先輩が、警察官を連れて来たらしい。
 それから、軽く警官に話を聞かれただけで、私たちは先輩たちに送ってもらい、無事に帰り着くことが出来た。



「せっかくだし、お邪魔しよっかなぁ~」



 寮に着くなり、賀来先輩はそんなことを言い出す。

「と、いうわけで……紫乃ちゃん、よろしく」

「えっ?――あ、わかりました! じゃあ真白、私たち行くから」

「えっ、行くって……」

 一体、どうしたっていうの?
 突然のことで驚いていると、それまで無言だった先輩が口を開く。

「ま、あいつも口実が欲しいんだろうな」

「口実……?」

「気にすることないから。つーか、オレは入れてくれないのか?」

 寮を指差し、いかにも部屋に入れてくれといわんばかりの先輩。
 それに私は、頬を赤くしながらも、言葉を発した。

「それは、さすがに……」

「恥ずかしいのか?」

「それもあるますけど……今は、ちょっと」

 今更のように、さっきのことと昔のことが重なって……。
 いくら先輩でも、そばにいたら拒絶してしまいそうな気がして。

「…………」

「……お前が嫌がっても、上がらせてもらう」

「だ、だからそれはっ」

「そんな状態の彼女、放っておけるか」

 すっと手を握られ、目元まで上げられる。見れば、手は微かに震えていて……体も、どこか強張ってしまっていた。

「まだ、怖いんだろう?」

「…………」

「一人がどうしてもいいって言うなら帰る。けど――嫌でないなら、上がらせろ」

 上がらせろ、だなんて。
 心配してるんだろうけど、言葉が先輩らしいっていうか。
 それを考えると、ちょっとだけ笑えてくる。
 一人でいるより、少しは誰かといたい。そんな気持ちがあるのは確かだから、私はしばらく間を置いて、小さく頷いた。
 部屋は、二階の奥から二番目の部屋。一番奥は、紫乃ちゃんの部屋になってる。

「あまり、綺麗じゃないですからね?」

 期待をされないように言うと、先輩は小さく頷く。
 鍵を開けると、部屋へと先輩を招き入れる。お邪魔しますと丁寧に挨拶をする先輩に、奥で寛いでもらうことにし、私は飲み物を準備した。
 棚を見ると、ちょうどコーヒーがある。
 先輩には、これがいいよね。
 ブラックだったことを思い出し、何も入れずにカップへと注ぐ。

「――ど、どうぞ」

 目の前にカップを置き、私は先輩の斜め横に腰を下ろした。

「お、ブラックにしたんだな」

「はい。前に、ブラックを頼んでましたから」

 お礼を言うと、先輩はカップに口を付ける。
 私は甘めのレモンティーを用意し、それを飲んでいた。