「ちょっと疲れただけだよ。私よりも、紫乃ちゃんの方こそ」

 同じように疲れたのかと聞けば、まぁね、と苦笑いを浮かべた。

「トイレ出たら、ナンパに会ってさぁ……ホント、しつこいったらないの! また来るといけないから、早いとこ移動しちゃおう」

 それに頷くと、荷物を持ち家へと向った。
 ナンパをしてきたのは、いかにもといった遊び人の見た目の人らしく、紫乃ちゃんはかなり機嫌が悪い。

「何にもされなくてよかったね」

「まぁ、その点は大丈夫じゃない? デパート内では、そんな変なこと出来ないだろうし」

 それでも例外はあるけど、と付けたし、紫乃ちゃんは重いため息をはいた。
 よっぽど嫌だったんだろうなぁ……。
 もし自分がナンパなんてされたら(可能性は低いけど)、断るまでに言いくるめられそうな気がするけど。
 紫乃ちゃん曰く、ただ誘ってくるだけでなく、道を訊ねるフリをするとか、色々と手口があるらしい。
 道なんて聞かれたら、普通に案内しそうな自分がいるんだよね。
 注意しなくちゃと心で思っていると――突然、紫乃ちゃんが歩くのを止めた。どうしたのかと聞こうとしたら、紫乃ちゃんはあかるさまに、怪訝そうな表情を浮べている。

「さっきの子じゃん! ねぇねぇ、オレらと遊ぼうよぉ~」

「「………」」

 言うまでもなく、目の前にいる二人の男性は、今話をしていたナンパ男。
 紫乃ちゃんの話では一人だったらしいけど、今度は二人とあって、とても面倒臭いことになりそうな予感がした。

 *****

 研修が終わってから一日。
 望月に思いを伝えてから(あえて好きとは言ってないが)、早く会えないものかと、どこかそわそわしていた。
 携帯も聞きそびれたし、ダメ元で藤原に聞いてみたが、予想通りの答えで。
 休みだというのに、部屋で過ごすしか予定がない。
 しばらくテレビを見ていると、チャイムが鳴る音が聞こえる。出て見れば、少し慌てた様子の隼人がそこにいた。

「珍しいな、何かあったのか?」

「おおありだよ! ってか、中入らして」

 中へと通すなり、隼人はいやに真剣な様子で話を切り出す。



「――亜由ちゃん、戻って来るってさ」



 久々に聞く名前に、オレはあかるさまに眉をひそめた。

「それ、確かなのか?」

「間違いないって! 翠ちゃんからの情報だしね。多分、数日中には学校に来るんじゃないの?」

「……すっげぇー面倒」

 隼人が話しているのは、和泉亜由。こいつはいわゆる元カノだ。
 オレにとっては嫌な思い出と言ってもいいほど、あいつとの付き合いは抹消したいものだった。

「浅宮は……どんな反応だった?」

「そりゃあいい顔はしないよ。あんなことされれば、ふつうはイヤでしょ」

 ……まだ引きずってるか。
 浅宮と和泉には、ちょっとした因縁みたいなものがある。簡単に言えば、和泉のせいで浅宮は、しばらく学校に来れなくなったんだよな。

「つーか、なんで三年になった今更なんだよ」

「やっぱ、まだ志貴のこと好きなんでしょ? 誰かから志貴の噂聞いて、それで帰って来た、っていうのが自然だと思うけど」

「噂って……何かあるのか?」

 その言葉に、隼人は呆れたように言葉を発する。

「知らぬは本人だけ、ってね。生徒会室に、真白ちゃん呼んでたでしょ? 二人きりじゃないにしろ、噂になるもんだよ。――だから、注意しないとね」

 真剣な表情の隼人。それを見て、オレは何を言いたいのかを感じた。

「ま、志貴は大丈夫だと思うけど……オレみたいになったらイヤだろう?」

 やっぱそうなるか。
 ま、隼人が言いたいことはわかる。
 それは隼人自身、噂のせいで好きなやつを傷付けてしまった経験があるからだ。お互いそれが誤解だって知ってるくせに、未だ、距離を縮められないでいる。

「もし流れても、どうにかする」

「どーにか出来る範囲ならいいけどね」

「……やけに言うな」

「当たり前だろう? 志貴が思ってるより、女子の嫉妬ってのは怖いもんなんだよ」

 経験者のせいか、いやに説得力があるなぁ。

「ちなみに、何度か真白ちゃんを付けてる女子、見かけたことあるから」

「はっ!? んなの初耳だぞ!?」

 驚くオレに、今初めて言ったからねと、隼人は当たり前のように話す。

「ま、噂に気付いてないぐらいだから、これも知らないとは思ってたけどね。生徒会室からの帰りとか、学校帰りとか」

 つーか、なんでお前はそんなこと知ってるんだよ。



 ん?――ってことはこいつ。



「なんだ、やっぱお前、気にしてんじゃねぇーか」

 だろう? と笑みを浮かべれば、隼人は少し慌てた表情でオレを見る。