研修から帰って来ての日曜日、私は紫乃ちゃんと街に出かけていた。
 話題の映画を見て来たところで、今はカフェでデザートをつまみながら雑談をしている。

 「ねぇ、この後は服見ない? 新しく出た所があるみたいよ」

 「あ、ついでに本屋も」

 欲しい雑誌があるんだよね。
 それが確か、今日発売だったはず。
 紫乃ちゃんに連れられお店に来ると、どれが似合うとか、お互いに相手の服を選んだり、試着をしたりした。
 こういう時、もうちょっと身長があればなぁって思う。
 カッコイイ感じの服もたまにはと思うけど、私がそれを着ると、なんだか服に着せられてるって感じがしちゃって。
 その点、紫乃ちゃんは七十近くと高いうえに、スレンダーな体系。カッコイイ系の服装をすれば、いかにも! って感じで。
 時々、苦手だけどヒールの高いのを買ってみようかなぁって思う。



 「結構回ったねぇ~。ちょっと休もうか」



 デパート内にある休憩スペースに腰掛け、本日の成果を確認する。
 紫乃ちゃんは服とカバン。そして私は、インナーを一枚購入した。

 「ごめん、ちょっとお手洗い……」

 いいかな? と聞く紫乃ちゃんに、私は残るからと言い、荷物を見ることにした。
 思ったより歩いたから、ちょっと足が痛い。
 履きなれてはいるものの、運動しやすい物ではない。どちらかといえばオシャレがメインな靴だから、しばらく靴を脱いで、足を解放することにした。



 「――お隣、いいかしら?」



 足を揉んでいると、そんな声が聞こえる。
 声の方に視線を向けると、そこには綺麗な黒髪が肩まである女の人がいた。
 やわらかな物腰に、ちょっと翠先輩のような印象を受ける。
 荷物を自分の方に引き寄せ、どうぞ、と言いその人に席を空けた。

 「ありがとう。もしかして……望月さん、かしら?」

 突然名前を呼ばれ、私は一瞬、間の抜けた声を出す。
 目の前に居る女の人が、どうして自分の名を知っているんだろうと、不思議でしょうがない。

 「そう、ですけど……どこかで、お会いしましたか?」

 「会ったことはないわね。あたしも同じ高校で、生徒会にあなたが居たのを覚えていたから、それでね」

 生徒会役員は、決まると名前が張り出される。だからそれで知っているのかなと、私は頭に浮かんだ。

 「それに、結構有名だもの。志貴くんが推薦した子だ、ってね?」

 「そ、そうなんですか?」

 有名って……そんな、知らない人にまで知れ渡るほど広がってるってこと!?
 どんな噂になっているか知らないけど、噂というのは、広がるにつれ尾びれや背びれが付くもの。変に話が大きくなっているのではと、ちょっと心配になる。

 「あ、あのう……あなたは」

 同じ高校の人だということと、梶原先輩のことを名前で呼ぶんだから、多分三年の人だとは思うけど。一応、名前を聞いておこうと思った。

 「あたしは亜由。和泉亜由(いずみあゆ)よ。志貴くんとは……恋人なの」

 ふふっと怪しい笑みを見せると、亜由と名乗った女の人は立ち上がる。そのまま帰るのかと思えば、軽く振り返り、視線を交わらせると。



 「だから……邪魔しちゃダメよ?」



 最後に言われた言葉は、とても冷たくて――グサッと、心に嫌な感覚が突き刺さる気分だった。



 この人は……怖い。



 本能的に、そう感じ取った。
 相手は自分に敵意があるんじゃないかって、そんな気さえ感じられて……私は俯いたまま、身を固くしていた。



 あの人……恋人って。



 言われた言葉が、頭を駆け巡る。
 先輩は、私に彼女だって言ったけど……もしかしたら、からかわれてるの、かなぁ。
 それとも、あの人が言ってることが間違いで、先輩が言ってことの方が本当とか。
 色んな考えが浮かんで、心がどんどん、不安で埋められてしまいそうになってしまう。



 「ごめんねぇ~待たせちゃって」



 紫乃ちゃんが来たことにより、少し、ほっとする気がした。
 様子が違うと察したのか、紫乃ちゃんは気にしていたけど、私は和泉さんのことを話さなかった。
 せっかくの楽しい時間だし、余計な心配はかけたくないから。