でも――やっぱり彼女になんて。



 先輩に少しは慣れたとはいえ、まだ、少し怖いよ。

 「す、すぐに彼女とか……なれません、から」

 ぎゅっと服を掴みながら発した言葉に、先輩は小さな笑いをもらす。

 「あぁ、それでも構わない。そのうち、それも言わせてやる」

 艶やかな音声を発したかと思えば、再び、耳に何かが触れる感覚が。

 「っ?! や、やめて下さいよ! もう……先輩は何様ですか!」

 「オレ様だけど?」

 さも当たり前のように言い放つ先輩。
 よくもそんなセリフを言えるものだと、ちょっと関心すらしてしまう。
 怪しい笑みを浮かべる先輩は、戸惑う私の反応が面白いらしく、ふふっと笑みをこぼしていた。

 「ま、お前が彼女になるって言うまでは、これ以上のことは待つが……」

 「っ?!」

 急に、先輩が首筋に顔を埋める。
 何をされるのかと慌てていれば、チクッと、微かな痛みが走った。



 「オレのものって印は、付けとくからな。――戻るぞ」



 そう言って、先輩は私の手を握りながら歩く。
 チラッと横目で見れば、先輩はやけに楽しそうで。本気で私を彼女にしたいのかなぁと、ちょっとは伝わってくるような気がした。
 部屋へ戻ると、紫乃ちゃんと翠先輩は既に戻っていて。私を見るなり、二人は驚いたような表情を見せた。

 「ど、どうか……した?」

 「真白……首のそれ、何?」

 近付いて来た紫乃ちゃんが、怪訝そうな表情で聞く。
 それに私は、手鏡で首がどうなっているのかを確認した。

 「!? な、何これ……」

 鏡で見えたのは、小さな赤い痕。
 さっき先輩が顔を埋めていたことと、印と言っていたことが頭を過り、今更のように恥ずかしさが込み上げてきた。

 「あらあら。しっかり“オレのだ”って主張されちゃってるわねぇ~」

 「アイツ~……真白、嫌なら嫌って言いなよ!? 何なら、私が言うから!」

 「い、嫌とか、そういうのは……。まだ混乱してて、よくわからないの」

 「あら、真白ちゃんさっき、志貴くんに告白されたのね?」

 えっ? と思い、私と紫乃ちゃんは先輩に視線を向ける。
 すると先輩は、手にしている携帯を見せ、隼人くん情報~と、楽しげに言った。
 賀来先輩……いくら仲がいいからって、そんなにすぐ知らせなくても。

 「……やっぱり、アイツのとこ行って来る!」

 「し、紫乃ちゃん?!」

 引き留める間もなく、紫乃ちゃんは少し怒り気味に部屋を出て行った。

 「ふふっ。また志貴くん、紫乃ちゃんに怒られちゃうわねぇ。――ちなみに、返事はどうだったのかしら?」

 「そ、それは……」

 私は正直に、彼女にはなれないと言ったことを話した。
 男の人が苦手だし、何より、まだハッキリとした気持ちが、私の中にはないから。

 「そういうのも、恋愛の醍醐味よね。私には無縁の話だわ」

 「無縁だなんて……」

 先輩だって、すごく綺麗で優しいんだから、男の人が放っておかないと思うけど。

 「先輩は、好きな人とか、いないんですか?」

 「あいにく、そういう人はいないのよ。でも――許婚ならいるわね」

 ニコッと笑みを見せる先輩に、私はしばらく固まってしまった。
 今、許婚って言った……?
 さらっと言われた一言に、あまりにも衝撃があった。
 先輩、何者なんですか!?

 「だからって言うのはおかしいけど、恋愛は人のを見るのが楽しいのよ。私には、色々と難しいことだから。あ、だからって、嫌々結婚するわけじゃないのよ?」

 先輩の様子からすると、多分、嘘は付いていないと思うけど。
 それからも、話題は恋愛の話が続いて(主に私のこと)、その後は帰って来た紫乃ちゃんも加わり、眠りに就くまで、最後の夜は話し明かした。