「お前さぁ……ここまでされれば、普通気付かないか?」

 耳元から囁かれる言葉。
 顔は胸元へ押し付けられ、先輩の言葉と心臓の鼓動が、耳だけでなく、全身かも伝わってくる気がした。

 「何とも思ってない女に、こうやって夜、連れ出そうとか思わない」

 ぎゅ~っと、腕に力が込められる。
 やさしい感覚。間近に男の人がいるというのに、私は嫌悪感を抱いていなかった。



 「オレは……お前が気に入った」



 耳元で囁かれるそれは、とても色っぽく。
 熱を帯びたような音声が、私の体のへと浸透していった。

 「つーか、拒否権とかないから。嫌いだって言っても……振り向かせてやる」

 「ひゃっ?!」

 言い終わると同時。
 耳元に一瞬、何かが触れたような感覚があって。思わず、おかしな声が出てしまった。

 「ふっ。やっぱ反応いいな」

 「や、やめて下さいよぉ……」

 「無理だな。お前、反応よすぎだし――つーか、もう限界」

 「っ、ん?!」

 問いかけようとした言葉は、発せられることのないまま。
 先輩の口付けにより、飲み込まれてしまった。



 「っん、……っ!」



 初めての時とは違い、とても長いキス。
 片手でぐいっと腰を引き寄せ、もう片方の手は、頭を押さえられて――逃げることを許さない体勢になっていた。



 「――――口、開けろ」



 離したと思えば、再び塞がれた唇。
 口の中に、自分以外の舌が入ってくる。
 温かい感覚が口いっぱいに感じられ、初めてのことに、思考が追いついていかない。



 なん、か……力、抜けちゃう。



 角度を変え、何度もついばむようにされるキスに、まるで、体が麻痺してしまったかのような感覚に捕らわれてしまう。
 倒れまいと、思わず先輩の服を掴み、なんとか立っている状態。それを察したのか、先輩は頭に添えた手を腰に回し、更にしっかりと支えてくれていた。
 今なら、首を動かせば逃げられる。そう頭に過るのに、心では、まだこの時間が終わることを望んでいないのか。



 このキスに――身を委ねてしまう自分がいた。



 男の人は怖い。それは、今でも変わらないのに。
 もう、自分の気持ちがわからなくて。
 離れようとか、いつもみたいに考えついても、それを実行することはなかった。



 「――これから、覚悟しろよ?」



 唇を離すと、そんなことを言う先輩。
 頭がぼぉーっとする私には、それが何を意味するのかわからなくて。服を握り締めたまま、先輩を見上げていた。



 「……それ、反則」



 一瞬、戸惑うような表情を見せると、先輩はぎゅ~っと私を抱きしめた。

 「そんな目で見るな。このまま……部屋に連れて行きたくなる」

 そ、それはさすがに!
 先輩ならやりかねない、という考えが頭を過った。

 「つーか、これからお前はオレのだからな」

 「そ、それは……からかう為に、ですか?」

 おそるおそる聞けば、先輩はふっと口元を緩め、

 「オレのものイコール、彼女。――わかったか?」

 こつんと、額をくっつけながら言う先輩。
 それはとてもやわらかで、その眼差しに、私は魅了されていた。

 「他の男のことなんて、考えられなくしてやる」

 「で、でも……」

 彼女だって言われても、実感が湧かない。
 それにまだ、あのことだって話してないっていうのに……。

 「まだ、話せてないことが……。知ったら、嫌いになると思います」

 「無理して話す必要ねぇーよ。知ったからって、離す気なんてない」

 「…………」



 ちゃんと、見てくれるかなぁ――?



 ハッキリ好きだと言われてないし、やっぱりまだ、不安は拭えないよ。
 そのことを伝えれば、先輩は再び、ぎゅ~っと体を引き寄せる。

 「ま、オレから言うのは簡単だが――」

 片手がそっと、後ろ頭へと添えられる。
 そして、吐息が耳にかかるほどの距離で、



 「お前から言うまで……オレから言ってやらねぇから」



 これも罰だと、甘くもくすぐったい音声が、体中に浸透した。
 か、彼女だとか言っておきながら、そんなのって……。
 まるで、生殺しな状態。
 ここまで密着して、キスまでしておいて。
 肝心な言葉はお預けだなんて……そんなの。

 「酷い、ですよ」

 「言ってほしいなら、お前が言えばいいだろう?」

 な、なんて上からな発言。
 自分のものだとか、振り向かせてやるとか言うくせに。
 こういうところは、やっぱり意地悪なままらしい。