「――――?」
「っ!」
一瞬。ほんの一瞬だけ。
梶原先輩と、目が合った。それだけなのに、私の胸は、これでもかってぐらい高鳴ってしまって。
変なの……別に、近くにいるわけでもないのに。
妙な感覚が、体を駆け巡っていった。
「――真白、始まるよ?」
紫乃ちゃんに背中をぽんと叩かれ、返事を返すなり、競技に集中した。
終われば少しくらい話せるかと思ったけど……やっぱり、それは難しいようで。
今まで近くにい過ぎたせいか、今日一日話さないだけで、なんだかモヤモヤした気分になってしまった。
今日も……早く寝ちゃおう。
競技が終わると、私はすぐにお風呂へと入り、紫乃ちゃんや翠先輩よりも先に上がった。なんとなく、一人でゆっくりしたい気分だったから。
「話、できなかったなぁ……」
部屋へと戻り、ベッドへと体を預ける。
明日と明後日はお休みだから、今日話せなかったら、またしばらく話せないんだよね。
それがちょっと、淋しいと思う自分がいた。
これって……やっぱり、先輩を好きってことなのかなぁ?
思わず、重いため息がもれる。
これ以上考えたら、どんどん気分が沈んでしまう。
――少しでも、気分変えよう。
お風呂上りということもあって、ちょっと喉が渇く。小銭を手にすると、私は廊下にある自販機へと向った。
女子のみんなは、まだお風呂に入っているらしい。
自販機手前の休憩スペースを通れば、賀来先輩と晶先輩の二人が雑談をしていた。
「あれ、真白ちゃんもう上がったの?」
「はい。今日も、早く寝ちゃおうと思って」
「望月は、いつも早く寝るのか?」
「いいえ。なんとなく……ですね」
まさか、先輩と話せないのが原因だなんて、そんなこと言えない。
「そういえば……梶原先輩は、まだお風呂に?」
「志貴なら疲れて部屋にいるよ。呼んでこよっか?」
「いいえ。疲れてるなら悪いですよ。――それじゃあ、先に休みますね」
挨拶をすると、先輩たちも挨拶を返してくれた。
奥にある自販機に行くと、何を選ぼうかと二つある自販機を見比べる。
寝る前だし……スポーツ飲料ぐらいにしとこうかな。
小銭を手にしようと、ポケットに手を入れた途端――体が、後ろへと引き寄せられる。何が起きたのかと驚いていれば、そこには、さっきまで想像していた人物が。
「約束どおり付き合え」
それも、ご機嫌斜めな梶原先輩が。
「ほら、付いて来い」
そう言って、先輩は素早く手を握ると、足早に歩いて行く。
「あ、あのうっ」
「静かにしろ。見つかったら厄介だ」
た、確かに色々と厄介そうだけど……。
せ、せめて、どこに行くかぐらい知りたいですよ!
どこに行くのかと思えば、連れて来られたのは一階の会議室。そこへ着くなり、先輩は入り口のドアを閉め、私を壁際へと追い込んだ。
な、なんだかこれ……。
生徒会室でのことを思い出し、カァッと一気に、頬が熱を帯びていく。
間近に迫る先輩に、私は言葉も発せないまま、ただ視線を合わせるしかできなかった。
「――なんで、先に帰った?」
不服そうに質問する先輩。
それに私は、少し間を置いてから、なんとか言葉を発していく。
「だ、だって二人とも、すごく先輩を誘いたそうだったので……なんだか、お邪魔かと思って」
次第に俯きだし、私は先輩をまともに見れないでいた。
お風呂上りのせいか、なんだか妙に色っぽく思えて。
恥ずかしくて、すごくドキドキしてしまう。
「オレにとっては、あっちが邪魔なんだよ。――おかげで、ゆっくり過ごす時間がなくなった」
すっと、手が頬へ添えられる。途端、心臓は跳ね上がり、うるさいくらい高鳴り出していた。
「オレは、お前といたかったんだよ」
「…………」
「それとも、お前は違ったのか?」
どこか悲しげな声で聞く先輩に、私は力強く首を横に振る。
私だって、一緒にいたかった。
でも……あのままいて、先輩を誘うなんて勇気はない。
「なら、お前も同じだったのか?」
「は、はい……」
「なのに先に帰るとは――いい度胸だな?」
艶やかな声がすると思ったと同時。
頬に添えられた手は顎へと移動し、強制的に、目を合わせる体勢にされてしまう。
「こっちは我慢の限界だ。――キスさせろ」
あまりに唐突な発言が、耳に入る。
射るような、鋭い眼差し。
それが余計、今の言葉の真剣みを語っていた。
「そ、そんなのって!」
「先に帰った罰」
「ひ、酷いですよ! 付き合ってもないのに、こんなこと……」
ぎゅっと目をつぶり、先輩から顔を背ける。
それに先輩は、深いため息をはくと、一気に私の体を引き寄せた。