「お前さぁ……ただの体調不良じゃないだろう?」

 「っ……」

 「言いたくないのか?」

 先輩は下に落ちたのを拾うと、それを手にしながらため息をつく。

 「す、すみません……」

 「謝るぐらいなら、話してくれるといいんだがな」

 「…………」

 言ってしまえば、それを利用されてしまう。
 現に、今までだってそうされてきた。



 簡単に……話すことなんて、できないよ。



 「だから謝るなって。つーか、今これ飲むか?」

 「は、はい。少しだけ……」

 「なら飲ませてやるから、大人しくしてろ」

 せ、先輩が!?
 一瞬にして、あやふやだった意識が先輩へと集中する。
 新たな悪戯!? と考えが浮かび、心臓は緊張でドキドキと高鳴っていった。

 「お前が飲みたいって言ったんだろう?」

 「そ、それはさすがに……」

 「だったら倒れた理由を話すか、大人しく飲まされるか――どっちか選べ」

 唐突な二択を迫られ、どうしたらいいかと軽くパニックなる。
 ど、どっちを選んでも、あまりよくない気が。
 話すのは難しいし、かと言って、飲まされるなんていうのも……。



 「――――時間切れ」



 痺れを切らしたのか、先輩は不敵な笑みを見せる。
 飲み物のフタを開け、それを飲んだと思ったら、

 「っ!?」

 次の瞬間――目の前には、先輩の顔が。
 口から何かが流れてきて、驚いて目を見開けば、目の前にあるのは、やわらかに目を細める先輩の顔。
 ガッチリと後ろ頭を押さえられ、逃げることのできない体勢になっていて――そこまできて、ようやく今の状況を把握した。



 キ、ス……してる?



 疑問が頭を過り、先輩がなぜこんなことをするのか不思議で。
 離れたいとか、嫌だとか……そんな感情は、まだ湧いてこなかった。



 「早く選ばないからだ」



 ゆっくり唇を離したかと思えば、そんな言葉が耳に入る。
 もう、恥ずかしいのか緊張しているのか。訳のわからない感情が込み上げ、私は顔を背けていた。
 唇に触れ、まだ感覚が残っていることから、今のことは現実なんだというのを再確認してしまい……頬が、一気に熱を帯びていくのがわかる。

 「な、んで……」

 「こーでもしなきゃ、飲めないだろう?」

 だ、だからって……!
 今みたいなやり方……あんなの、付き合ってもない人に平気でするなんて。

 「嫌だったか? なら……ちゃんと、言葉にしろ」

 「っ……!?」

 くいっと顎を持ち上げ、強制的に目が合うようにされる。目の前にはまた、先輩の顔が迫ってくる。

 「言わないと、止めないぞ。――どうする?」

 ど、どうするって……そんなの。

 「っ…、……」

 「聞こえない」

 「……ぃ、や」

 「まだ小さい。――もっと、ちゃんと言え」

 「い……いや、です!」

 目をつぶり、声を発する。
 またキスされるのではと心配していれば、ふふっと笑いがもれる声が聞こえた。



 「言えるじゃねぇーか。そーやって断ればいいんだよ」



 えっ? と疑問を感じ目を開ければ、先輩はやわらかな笑みを浮かべていた。

 「で、もし怒ってるなら……一発、殴っとくか?」

 それに私は、全力で首を横に振る。
 キスに対しての怒りはあるけど、だからと言って、殴るとかそういうのは……それに、今キスをしたのって。



 「……わざと、ですか?」



 先輩が意地悪なのはわかってるけど、無理やり意味もなくこういうことをするような人に思えなくて……そんな質問を、ぶつけていた。

 「――さぁーな。つーか、弁当も本気で嫌なら作らなくていいんだそ?」

 「つ、作るのは……嫌では、ないです」

 「なら、明日も頼んでいいのか?」

 「は、はい……」

 「じゃあ頼む。――それと」

 「――――?」

 急に、視界に天井が映る。
 何が起きたのかと思っていれば、背中にはやわらかな感触。それに私は、再びソファーに横になったと気付いた。



 「――やっぱ、隙だらけだな」



 目の前には、怪しく微笑む先輩の姿があって。



 「男が苦手なら、隙を見せるな。でないと……」



 再び顔が近付き、私はすぐさま顔を背け、固く目を閉じた。
 や、やっぱりさっきのって、ただの意地悪!?
 少しでもやさしいと思ったことを後悔していれば、



 「男はいつでも……その隙を狙ってるぞ?」



 耳元でそっと、そんな言葉が囁かれた。
 その言葉は、キスよりも心臓に悪くて……恥ずかしがる私の反応が楽しいのか、笑みをもらすと、先輩は意外にも、あっさりと退いてくれた。



 「――――ほら、帰るぞ」



 すっと手を差し伸べ、やわらかな表情で先輩は私を見た。
 意地悪だったり、やさしかったり……よく、わからない。
 上手く扱われている気がして不服だったけど、こうやって気遣ってくれるのは、嘘ではないと思うし。

 「……お、お願い、します」

 こうやって簡単に信じてしまうあたり、警戒心が足りないのかなぁって思うけど。
 おそるおそる先輩の手を握り、ゆっくり立ち上がった。

 「家、寮だよな? そこまで送ってやる」

 断っても付いて来そうな気がするけど……それは、心に留めておこう。
 男子に送ってもらうなんて、かなり久々なことで。
 私が男子を拒絶し始めてから、ここまで一緒にいたのは、初めてのことだった。