「おはよー」

教室に入った時、耳に入ったのはいつもの耳障りなハスキーボイスではなかった。

現在隣の席に位置するクラスメート、稲橋ナズナ。

彼女は昔からノーとは言えない性格で、いつも学級委員長を押し付けられていた。

そこがいい所で、悪い所であるのを彼女は自覚しているのだろうか。

僕は軽く、「おはよ」とだけ返す。

それだけで彼女は満足そうな笑みを浮かべた。


多分、彼女とか、そういうのにするのなら稲橋が最適なのだろう。

僕は何となく、特に意味もなくそんなことを考えながら彼女を見ていた。


席に着くと、ゲンがにやにやと卑しい笑みを貼り付けて待っていた。

そういえばお前、案外性格悪いんだよな。心の中でそう呼びかけた。



「おいおい、ナズちゃんお前に気あるの?」


知らねーよ、とだけ返す。

ゲンは「鈍感なふりはやめとけ」とにやにやにやにや。

僕はそれにイラついて、机の足を蹴っていた。


「そうだ。お前、柊とは何もないの」

「ないよ。人を疑うのはよくない」

「心の中で人をけなすのよくない」


うるさい。笑いながら、冗談半分本気半分で言い返した。

で、どうしたのさ。そう尋ねると、ゲンはいつもの好青年スマイルで言い切った。



「柊を落とす。勿論、恋愛的な意味、でな?」