大量の墨汁を垂れ流したかのような空が広がっていた。


誰にも手をかけられず、自然のままに成長した草木が廃墟を隠すように上や横に伸びていた。


蔦が生い茂り、暗闇にぽつんと佇む廃工場は不気味な趣(おもむき)を醸し出していた。


風が吹くたびに聞こえる、草木が触れ合うような囁き声。


本来、人が通ることは考えられない場所だが、もしも誰かが通りかかったら、この不気味な声に震え上がり一目散に逃げ出すに違いない。


レオと日向は廃墟から充分に距離をとって、草木に隠れながら様子を見ていた。


「行くか?」


腰を屈め、廃墟を睨むように見つめているレオが、視線をそらさずに隣にいる日向に言った。


「ちょい待ちや」


日向は慌てて首輪につけられた鈴のような丸い玉を見つめた。


すると、丸い玉は黄色く光り出し、それに伴って狼だった日向の身体が人間へと変わっていく。


レオは驚いて空を見上げた。


「今日は満月じゃないし、月も出てないぞ」


「いつでも人間に戻れるように満月を作ってもらったんや」


日向は満足気に、チョーカーのように付いている首輪から垂れ下がっている丸い玉を指先で揺らした。