国王の部屋を襲った魔物の話は、その夜の内に城内に広まった。
どうやらその魔物は既に国王によって倒されたとか。
獲物にされていた少女を国王が助けたとか。
その少女は絶世の美少女だとか。
少女は死ぬか生きるかの瀬戸際だとか。
国王はその少女に、並々ならぬ好意を抱いているとか。
そんな噂ばかりが一人歩きした王宮で、国王は首を傾げた。
「全て嘘だな。見事なまでに」
「一つ合ってるじゃないですか。確かにこの子は綺麗です」
「そうか? 綺麗というより、可愛い部類だろう」
午前中の休みをもぎ取った国王は、ずっと少女に付き添っていた。
噂は全てその国王の第一騎士が持ってきたものだ。
一晩空けた王宮内は騒がしい。
「しかし黒髪とは。これで瞳が黒なら、高く売れるんですが」
「おい、売らんぞ」
しかし、第一騎士の男の言うことももっともだった。
この国、というか大陸には黒髪はいない。
そして魔力を持たない人間もいない。
この時代この大陸では誰も知らないことだが、黒髪と魔力を持たない、という要素は劣性遺伝にあたるのだ。
つまり、それらを持ちうる人間は、生まれてくる前に死んでしまうのだ。
けれどそんなことは、誰も知らない『科学』の話だった。