「へぇ、歌を歌ってた人がタクシーの運転手になるなんて、極端ね。それで、どんな歌があったの? チキンボーイズって」

「いろいろ有りますよ。僕たちチキンボーイズは、聞きに来てくれるお客さんを、元気にしてくれる曲なら、何でもやりましたからね」

「じゃあ、今の私を元気づけてくれるのは、何かな?カンジさんなら何を歌ってくれるの」

「…」

「ごめんなさい。初めてあったのに…」

しばらく沈黙が続いた。


♪知らず知らず歩いてきた
細く長いこの道

振り返れば遥か遠く
故郷が見える♪

静かだが力強い声だった。

カンジが歌い始めてた。

麗香にはすぐわかった。

「川の流れのようにか…」

そう呟くと、カンジの歌に聞き入った。

美空ひばりも良いが、男の人が淡々と心をこめて歌うのも、歌詞が伝わってきて、心が震えた。

私だけの為に、歌ってくれている。

こんな男の優しさに出会ったことは、なかった気がする。

少し戸惑ったが、受け入れる事にしよう。

もしかすると、今までの自分は間違ってたのかも知れない。

カンジの歌が続く間、麗香は自分を見つめ直すことができた。

「ありがとう、カンジさん」

歌い終ったカンジに、届いたか判らないくらいの声で礼を言った。


また、沈黙が続いた。

窓の外を見ると、空の端が少し明るくなり始めていた。

「もうすぐ着きますから」

カンジが囁いた。