「ごめんなさい。私のせいで…」

今にも泣き出しそうに呟いた。

「いや、俺の方こそ…。
助けようとしたつもりが、助けられた。

でも、麗香さんが海の中に消えた瞬間、
もう戻って来ないような気がして…」

「私なら平気だったのに…」

「それよりそのままじゃ風邪ひくよ。
それに、目のやり場に困るし…」

「私なら大丈夫…。だって…」

「それにしても、泳ぐの上手なんだね。驚いたよ。
でも、それで助けられたんだよな、俺は」

「カンジさん、ごめんなさい。
そして、ありがとう。

…でも、やっぱりサヨウナラ…」

「えっ、意味がわからないよ」

「私は夢を探してました。
私を本気で愛してくれる人を探してました。

けれど、見つかりませんでした。

カンジさんだけでした。初めてなのに暖かく迎えてくれました。
そして、本気で心配してくれました。

けれど、その暖かさが… 」

麗香は振り返ると、海に向かって歩き始めた。

「どうするつもりだい?」

カンジは叫んだ。

「帰ります。元の世界へ。さようなら」

「何を言ってるんだ。死ぬつもりか?」

麗香の足が海に入った。

「死ぬつもりではありません」

「だって…」

「私は冷たい女…抱いた男の人は、氷を抱いているようだと言いました。その通りなんです」

「いや、そんなことはない。待て、行っては駄目だ」

カンジは立ち上がったが、後を追う力はなかった。

麗香のからだが胸まで海に沈んだ。


「さようなら。カンジさん。歌を続けて下さいね。いつか聞きに戻りますから…」

「麗香さん…」

最後に麗香が笑って言った。

「私のからだ、本当に冷たいんです。人魚だから」

麗香の姿が、海に消えた。

カンジはしばらく海を見つめていたが、タクシーに戻った。

途中で、ギターと麗香の脱ぎ捨てた服を拾いながら…