「泳ぎたくなっちゃった」
突然麗香がそう言った。

「えっ、海の水冷たいんじゃない」
カンジは冗談だと思い、笑った。

すると、
「水が冷たいのは平気。だって私冷たい女だから・・・」
といって、洋服を脱ぎ始めた。

「ちょっと待てよ。風邪ひくよ」
なんと言っていいか戸惑いながらも、
カンジは麗香の瞳を見つめた。

麗香は本気だった。

カンジが止めるのを振りきり、
生まれたままの姿で、
カンジの前に立った。

「ねぇ、私のからだキレイ?」

朝日のせいか、黄金色に輝いていた。

「ああ、とてもキレイだよ」

カンジは正直にそう思った。
名画の中に立つビーナスのように、
神々しさすら感じた。

「でも、私のからだも心も穢れているのよ。
だから、海で洗い流してくるね」

そういうと、海に向かって歩き出した。

「無茶だよ・・・」

カンジは止めようとしたが、
からだが動かなかった。
何かに魅入られたように、
麗香の後ろ姿を見つめていた。

波打ち際で一度立ち止まり、
振り返って笑った。

麗香の足元に波が絡みつく。

一歩、二歩と海の中へ
歩き始めた。

腰まで海の浸かったかと思うと、
ザブンともぐった。

カンジは衝動的に海に走った。
今度はからだが動いた。

靴を脱ぎ、海に飛び込むように走りこんだ。
麗香が姿を消したあたりへ。

冷たい海水に包まれたとき、
息が止まるかと思った。

「麗香さん・・・」

声にならない叫びをあげた。
麗香を追って、海の中へもぐった。
夜の明けきらぬ海は暗かった。

かすかに麗香の足らしきものが見えた。


が、次の瞬間足が痙攣し、
からだの自由が奪われた。

「ヤバイ・・・」

そう思ったとき、口の中に海水が入ってきた。
思わず咳き込むと、さらに海水が・・・

浮き上がろうとしても、
からだが言うことをきかない。


耳にはボコボコという泡の音しか聞こえない。
苦しい、息がしたい・・・

カンジは気が遠くなっていくのを
他人事のように感じていた。