「葵様からかねがねお噂は…」

「兄上の事ですから『悪い方の噂』では…」             
「とんでもございませぬ。器量良(きりょうよし)で働き者と常々仰(おしゃ)っておりますよ」

「うふふふっ、本当ですか!?」

「それより、今日わざわざ家まで来たのは?」

「あっ、すっかり肝心の事を忘れていました。実は、葵様に仕事を1つお受け頂こうかと思いまして…」             

「その為にこの雨の中を…!?」

「いえいえ、あちこちの用事を済ませた後に葵様の所にやって来ましたら突然の土砂振りに…」

「で、その仕事の内容とは?」

「明日の朝早くから二十日(はつか)ばかり、『甲斐国(山梨県)』に行って頂きたいのです」            
「甲斐国ですか?」

「仕事はある番頭さんの護衛なんですけどね…

実は、この仕事、別のお侍さんに決まっていたんですが、先程、そのお侍さん、急病で倒れこんでしまいまして明日には間に合わないのですよ。

それで、どうしたものかと思っていたところに葵様の事を思い出しまして…如何ですか?」               
「………」                   
「急なお願いなので向こうも1日五分(ごぶ[約8千円])出すと言っておりますが…」

「五分ですか?…綾野、どうしたら良いと思う?」             
「私の事は大丈夫ですから行って来られては如何ですか!?折角、弥兵衛様もこうしておいで下さったのですから…」                   

(この仕事が終われば『1両』が手に入る。それを山中殿に差し上げても良いし…)                      
「分かりました。引き受けましょう」