「そうか、それはよくやってくれた。で、もうひとつの方は?」

「『吉里』様の方は、一応、父『吉保』には声を掛けてみるが、父の意思は堅固だから、翻意させるには難しいかもしれない、との仰せでした」                     
「まあ、こちらは余り当てにしておらなかった…分かっているとは思うが、わしらは『大っぴら』な行動が出来ぬ…」              
「重々承知しております」            
「うん、ご苦労であった。下がって休め」                 
「失礼いたします」            


土門が下がる代わりに菱山が見馴れぬ顔の高貴な様子の武家と伴に入って来た。            
目線を交わす土門と菱山。                         

「お〜っ、松平様、よくぞおいで下さった」                
土門の背中で荻原の甘えるような声が聞こえて来る。            
(あれが『松平輝貞』か!?……けっ、狸親父どもめ!!)            
土門は吐き捨てるように呟(つぶや)く。                                                                                      





葵が甲府宿を出てから2日が経っていた。かなり急いで歩いて来たが、一向に茂助達の姿は見えなかった。            

(やはり丸1日の差は大きい!電話とかの通信手段がないから全貌が全然掴めないよ。どこを歩いているのかも分からないし…せめて標識ぐらいあれば楽だよ〜っ!)                     
現在は2時間程歩いて20分休憩するという体制を取っていた。夜、歩く事も考えたが、道が暗い上に道が分からないのでは却ってタイムロスになると思って諦めた。                     
(あ〜っ、もう日が暮れる。次の宿はまだか!?)             

葵の頭上を鳶(とんび)が輪を描いて飛んでいた。