最近夜になるのが早い。

ひなは部室の冷たいドアノブから手を離して、背後にバタンと閉まる扉の音を聞きながら校門に向かった。

10メートルさきの外灯の下に伸びる影がふと動く。

「ひな、帰ろう。」

「あ、うん。」

慣れって恐ろしい。

部活棟の特定の柱で待っている渡辺に違和感を覚えなくなったのはいつからだろう。

「今日はバスケ部だっけ?」

「そう。基本メニュー変えてしばらくたったから筋力にどの程度影響を及ぼすのか測定して、プレイにどのような変化が現れたのか監督と論議しながら観察してた。」

「あいかわず変な奴ね。」

「ひなにそれ言われたらどんな奴でももうおしまいだよ。」

「どういう意味よ!」

「言葉通りに受け取ってもらって構いませんよお嬢さん。」

クスリと笑って渡辺はさりげなくひなの首にマフラーを巻いた。

「…なに。」

「鼻が赤い。」

は、鼻…。

ひなは眉を寄せながら、渡辺の匂いがする深緑色のマフラーに鼻を埋めて隠す。

そんなひなを見て、渡辺は更に目を細めながら夜道を歩いた。

「あーー、寒い寒い。」

「あんたが自分で巻いたんでしょうがっ。」

「へー、じゃあ返却していただこうかな。」

「何を今更。」

伸びてきた長い左腕をひなはサッと身を翻し避ける。

「流石剣道部。逃げ足が早い。」

「俊敏って言いなさいよ!」

本気でもない腕を振り切るのは非常に簡単。

まるで渡辺自身のようだ。

強引すぎる手口でわざわざひなを側に置いておいて、なのにそこから特に何をするでもなく、時間に身を任せて漂っている。

本気で来ないから、ひなはまだ手を握るまでで逃げ切れているのだ。