「ずるいよ、デビュー曲から人気ドラマの挿入歌なんて」


一歌は、裕樹と八木のやり取りも知らずに呟いた。


裕樹のデビュー曲は、あの浅田修二主演の恋愛ドラマの挿入歌だったのだ。


売れないわけがない。


だがそれは、その一曲は、だ。


後は、彼の実力と運。


時代を自分のものに持ってこれる運が必要なのだ。


「一歌さんだって、そういうタイミングはいくつもあったでしょ?」


一歌のやっかみを見抜いた笹原がそう言った。


確かに、そこまでとは言わないが、一歌にもいくつかのタイミングはあった。


話題作とまではいかないが、そこそこ人気のあるドラマの挿入歌に、アニメ主題歌、化粧品のCM。


その曲はそこそこ売れる。


タイアップがつかない曲よりは遥かに売れた。


だけど、その後が続かなかったし、何より、一歌本人の人気に繋がらなかった。


一体、自分の何が駄目なのだろう。


一歌はそう考え、大きな溜め息をついた。


テレビ局の廊下は大勢の人と擦れ違う。


芸能人は勿論、スタッフなどもだ。


一歌はふと、この中の何人が自分を知っているだろう、と考えた。


一歌は擦れ違う芸能人のほとんどを知っていた。


だが、向こうは自分の顔も歌も知らないのだろう。