「今夜は、ありがとうございました」
帰りの車の中で、一歌は丁寧に修二にお礼の言葉を告げた。
すると、修二は心底不思議そうな表情を作った。
「急に大人しくなったじゃん」
どうせ帰りも、ぎゃんぎゃん喚かれるだろう、とでも考えていた表情だ。
一歌はそう思われても仕方ないな、と考えた。
現に、行きはあんなに騒いでいたのだから。
「今夜、浅田さんに連れてきてもらってよかったです」
一歌はいらないとこでまで意地を張ったりはしない性格だ。
「何か、収穫あったんだ」
修二は恐らく、自分の気持ちを分かっている。
こうなると分かっていて、裕樹のライブに連れてきたのだ。
「はい」
一歌は前を向きながら、大きく頷いた。
「じゃ、俺があげた折角のチャンス、無駄にしないように」
一歌は修二のその言葉にはっとした。
すっかり忘れていたことだ。
その話を断る為に、今日、修二と会ったのだった。
「あの、その話なんですけど……」
一歌はそこまで言ってから、一回唇を結んだ。
そして、大きく深呼吸をする。
「精一杯、やらせて頂きます」
ここで断ったりしたら、こんなチャンスは二度と巡ってはこないだろう。
それなら、どんなきっかけで手に入れたとしても、やってみよう。
心機一転。
一歌はその四文字を、胸に刻んだ。
このチャンスを、その気持ちを抱えて歌ってみたい。
修二は赤信号で車を停めると、一歌の方を向いて、笑顔を作った。
「よく出来ました」
甘い低音に、甘い笑顔。
一瞬、そこだけ時間が止まったかのようだ。
だが、一歌の耳には、自分の心臓の音だけが、はっきりと届いていた。