一歌は何ゲームも繰り返しているうちに、時間が経つのを忘れていた。
そして、間も無く開演する、というアナウンスでようやくゲームを終了した。
会場内に緊張感が走る。
周りは皆、待ちに待った時がきた、という表情をしているなかで、一歌も少しばかり緊張した。
ブザー音のようなものが鳴り響き、開演を告げた。
ギター音が会場中に流れ、裕樹がステージ上に姿を現すと、黄色い歓声が一斉に上がる。
皆、思い思いに、裕樹の名を叫ぶ。
一歌はその光景に圧倒された。
だが、裕樹が歌い出すなり、歓声は止み、静まり返った。
一歌達がいる席は一般席でも位置はかなり悪い方で、裕樹の顔ははっきりとは分からない。
それでも、周りいる人達は嬉しそうにしている。
一歌もすぐに、裕樹の歌声に聞き入っていた。
「何で歌ってんの?」
突然掛けられた修二の言葉に、一歌は現実へと引き戻された。
丁度一曲目が終わったところで、拍手と歓声が耳を痺れさせる。
「歌うことが好きだから、です」
一歌は修二の顔を見ながら、素直に答えた。
修二の質問の意図は全く分からない。
「じゃあさ」
修二は一度小さく笑うと、す、と手を前に出し、目の前に広がる人波を指差した。
「こういうの、意識したことある?」
一歌は修二の言葉の意味が分からず、首を傾げた。
「こういうの?」
周りを見渡す一歌。
この、大勢の人は皆、裕樹の歌を聴きに来ている。
勿論、高いチケット代を払って。
中には遠方から来ている人もいるだろう。
ただ、裕樹の歌を聴く為だけに。