一歌は何となく面倒臭い思いでタクシーに乗った。


お金は沢山あるわけではない。


だが、貧乏、というわけでもなかった。


CDを出し、それが何枚かでも売れる以上は金は入ってくる。


何故かそれは、一歌を中途半端な気持ちにさせた。


売れないなら、とことん売れていない方がいいのかもしれない。


中途半端だから、どうにも力強く足掻けない気もするのだ。


一歌は年配の運転手に目的地を告げ、シートに身体を預けた。


タクシーに乗っても、「テレビに出てる方ですよね?」などと声を掛けられたことは一度もない。


勿論、変装やサングラスの一つも掛けていないのに。


今日もそうだ。


一歌はそう考え、溜め息をついた。


きっと、明日もそうだし、明後日も、その次も、一週間後も、ましてや一年後もそうだ。


ずっと変わらないのだ。


「着きましたよ」


一歌の頭の中に、ネガティブなイメージがループしている時、運転手が低い声で告げた。


「ありがとうございます」


一歌は運転手に五千円を渡し、釣りを断ると、タクシーを下りた。


タクシーは一歌を下ろすとすぐに、エンジン音を立てて走り去っていった。


不景気な今、一人でも多くの客を拾いたいのだろう。


一歌は遠ざかるタクシーを眺めながらぼんやりとそんなことを考えた。


そして、ライブハウスの前に目を向けると、そこには黒いニット帽を目深に被り、尚更、大きなサングラスを掛けた男が立っていた。


一歌はすぐにそれが修二だと気が付いた。


修二が掛けている何処かのブランドのサングラスはかなり大きくて、普通の人が掛けたらトンボにしか見えなくなりそうなものだ。


だが、修二はそんなものでもさらりと自分に馴染ませ、むしろ、お洒落にしてしまっている。