だが、選ばれたのは加賀美れなで、彼女より売れていない女優も沢山いるのが現実だ。
ここは、そういう世界なのだ。
「いい曲にしないとな」
柴田が今にも小躍りを始めそうな様子で言った。
恐らく、一歌が興味津々でテレビを見ていたと勘違いしているのだろう。
「折角だから、PVも豪華にするか」
どうやら、柴田の中ではもう、売れることは約束されているようだ。
いや、確実に売れるだろう。
その曲のCDセールスは一歌にとって過去最高になることは間違いないのだから。
「……社長、その話進めるの、ちょっと待って下さい」
一歌は小さい声でそう告げた。
折角喜んでいるところに水を差すようで申し訳ないとは思ったが、伝えないわけにはいかないと考えたのだ。
柴田は一歌の言葉を聞いて、ぽかんとした表情になった。
それは当たり前で、普通なら、こんなにいい話を断るわけがないからだ。
一歌自身、普通に舞い込んだチャンスなら、絶対に断ったりはしない。
「何で。まさか、断るつもりじゃないよな?」
焦ったような柴田の言葉に、一歌は取り敢えず笑った。
そこまで詰め寄られるて、はっきりと「断る」とは言いづらくなってしまう。
「明日にはお答えします」
一歌はそれだけ言うと、急いで柴田の前から立ち去った。
あの柴田の様子では、一歌の口からはとてもではないが「やらない」などとは言えない。
柴田は一歌をスカウトした本人で、いまいちぱっとしない一歌を見捨てずにいてくれている。