だが、一歌は修二の提案に、散々首を横に振り続け、挙げ句には「大嫌い」宣言までしてしまったのだ。


そこまでくれば、誰だってあの話は白紙になると思うだろう。


それより何より、一歌はそうなることを望んでいた。


実力行使、という単語が一歌の脳裏に浮かぶ。


一歌は急いで肩に掛けていた鞄の中を漁った。


修二に初対面の時に渡されたメモがその中に突っ込んだままになっていたからだ。


一歌は鞄の中身をひっくり返さん勢いで、そのメモを探した。


意外と早くメモは見付かり、一歌はそれと携帯電話を掴み、柴田から駆け足で離れた。


一体、修二はどういうつもりなのだろう。


そこまでして、修二が自分と恋愛をしたいとは到底思えなかった。

一歌は沢山の疑問を頭に浮かべながら修二の携帯番号を打ち込んだ。


三回目のコール音が途切れる。


「はいはーい」


一歌の耳に届いたのは変に間延びはしているが、甘い低音だ。


「今すぐ、取り消して下さい」


一歌は開口一番に叫ぶように言った。


「え、誰?」


電話の向こうで修二が訝しげな表情をしているのを想像し、一歌は苛立ちを覚えた。


確かに、名乗るの忘れたが、しつこく言い寄ってきておいて、声も分からないなんて、如何なものだろう。


「一歌です」


一歌は低い声で名乗った。


「ああ、いっちゃんね」


一歌が名乗ると、修二の声は途端に明るくなった。


それに対し、一歌の怒りは増すだけだ。


「ふざけた呼び方しないで下さいっ」


一歌は苛立ちを隠さずに声をあらげた。


電話の向こうでは、修二が年甲斐もなく、えー、と言っているのが、更に一歌の神経を逆なでする。