新聞のテレビ欄にも名前は載らないし、CMで紹介されることもない。
そんなんで歌手をやっている意味があるのだろうか、と一歌は深い溜め息をついた。
「俺には分かんないや」
笹原が首を捻りながら言うのを見て、一歌はもう一度溜め息をついた。
いいよ、分かんなくて、あたしだって、分からない。
歌が好きで飛び込んだ世界。
ただ、歌っていたくて飛び込んだ世界。
だけど、それだけでは何かが物足りなかった。
ただ、歌っているだけでは満たされない何か。
「あたし、欲張りなのかな」
テレビだって、出れないよりは出れた方がいい。
CDだって、一枚も売れていないわけではない。
それよりなにより、夢は叶っているのだ。
歌手を夢見る人、皆が皆、その夢を叶えらるわけではない。
だが、自分は運良く歌手になれた。
一歌が歌手になったきっかけは、高校時代に友達と行ったカラオケだった。
トイレからの帰り道、先程まで友達が歌っていた歌を、何の気なしに口ずさんでいた。
そこに、たまたまレコード会社の社長がいたのだ。
『そんな声、初めて聴いた』
一歌は、その場で社長直々にスカウトされたのだ。