彼女は、突然聞こえた声に、ひくりと肩を跳ねさせた。
慌てて振り返ると、扉の前に立つ直姫と、目が合った。

舞台を降りて急いで着替えて、南校舎の隣にあるホールから、この西校舎まで走って来たのだろう。
薄く開いた唇の隙間から、わずかに荒くなった息遣いが、二人しかいないこの空間にやけに大きく聞こえた。


「あ……何言ってる、の、西林寺くん?」
「これ」


直姫は、白い紙を取り出して見せた。
ノートの罫線を無視して、筆でぐりぐりと描かれた文字。
例の、脅迫状だ。


「この間、自分の机の中に入ってたんです。……入れたの、君だよね?」


直姫の言葉にわずかな動揺を見せるが、彼女はあくまでも否定し、目を逸らした。


「何のこと……? どうしたの、それ」
「この字」


荒い息を吐き出すように、直姫は言った。


「変わった色ですけど、筆を使って、絵の具で描かれてるみたいなんです。……あの絵に使われているのと、同じ色ですよね?」


直姫が指差した先には、絵があった。

今は無造作に壁に立て掛けてある、直の部屋に飾られていたものだ。
稽古の最中に見て、今回の劇がずいぶん本格的であることに関心すらした、あの、花瓶と花の絵。

この親睦会のためだけに、クラスの美術部員が描き下ろしたものだと聞いている。

白や黄色や橙色でまとめられた花とは対照的に、背景は暗い寒色だ。
青と緑の中間のような、どちらでもないような、不思議で綺麗な色。
その色は、直姫の持っている脅迫状、筆で書きなぐられた文字の色と、ほとんど同じ色に見える。

そして、この絵の作者は、今直姫の目の前にいる城ノ内未奈。
一年B組でたった一人の、美術部員なのだ。