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準備が順調だろうが順調でなかろうが、当然その日はやってくる。

定期発表会の日、本番直前。
一年B組の生徒たちは、舞台の袖に集まった。


「直姫くん、佐野くん、大丈夫ですか?」


松浦嬢が心配そうに声をかけたのは、主に真琴へだった。
直姫が少し呆れたような視線を送る先で、さっきから掌に「人」という字を書き続けている。


「ああああどうしよう……緊張してお腹空いてきちゃったよ」
「なんで真琴が緊張してんの? プロなのに」
「だからだよ! 失敗なんてしたらお仕事続けらんないかも」
「そんな重く考えなくていいでしょ……あと、お腹はいっつも空いてるじゃん」


一人ぼっちの子犬のような表情のまま顔を強張らせる真琴に、直姫は袋入りのクッキーとお茶のペットボトルを渡した。

他の生徒に比べると、直姫は持ち前のマイペースさでそれほど緊張を感じていないようだ。
そんな彼女でも、端からは全く分からないくらいには、いつもより少し落ち着きがない。

だが、直姫はもちろん、真琴さえも遥かに凌駕する人物が一人、いた。
薄暗い隅のほうでがちがちに固まっている、小柄な体をさらに小さく縮こめた男子生徒だ。

あまりに堅く構えているその背中に、真琴がおずおずと声をかける。