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「なにこれ?」


ある日、ペンケースを突っ込んだ机の奥で、なにかがかさりと音を立てたのに気付いて、直姫は中を覗き込んだ。
奥のほうで、白い紙が丸まっている。

引っ張り出して広げると、二つ折りになったそれには、手書きの文字が大きく書かれていた。


「『主役をおりろ』? はあ……」


まさか今時、こんな古風なことをする人がいるとは。
顔には少しも出さない驚きで、裏返したり光に翳してみたり、思わずまじまじと観察してしまった。

罫線の入った白い紙は、丁寧ではあるものの端に破られた跡があり、ノートを破り取ったものだろうと思われる。
そこに、筆跡を隠すためなのか、妙に角張った文字で、そんなメッセージが記されていたのだ。

なにを意図してか筆で描いたのだろう、乾燥した絵の具のような塗料がかさかさと指に引っ掛かる。

直姫は顎に手を当てて、考えるポーズを取る。
なにしろ実際には、まったくもって考えるまでもないのだ。


(やっぱキスシーンだよね……)


例のシンデレラの劇中にキスシーンがあると気付いたのは、稽古が始まってから二日目のことだった。

配役が決まってから脚本を書いたのだから、それほど冒険しているはずはないと、油断していたとも言える。
直姫なんて、台本を改めて読んだ真琴に言われて、ようやく気付いたくらいだ。

もちろん抗議はしてみたが、麗華のよくわからない理論展開に煙に巻かれて、なんとなく了承したことになってしまった。
あまりに大真面目な顔で言うので、なんとも言い返しようがなかったのだ。