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「あ、」


直姫はふと壁際に目を留め、小さく声を上げた。

西校舎三階のこの多目的室の窓は、今はすべて開け放されている。
Tシャツとジャージの上にしっかりした生地のワンピースを着込んだりしても、汗ばむこともないくらい風通しが良く、涼しいのだ。

また、小道具などはできる範囲で生徒が手作りするとクラスで決めたので、糊の乾燥を待つ工作品などが、壁際の日陰に所狭しと並べられている状態だ。

手作りとはいうが、手芸部員が作ったスワロフスキーの散りばめられたティアラなどは、一介の高校生の手によるとは思えない出来映えと、材料費である。


その中で、正方形のキャンバスの乗せられたイーゼルが、直姫の目を引いた。

横幅は、直姫の肩幅よりも少し余る程度だろうか。
S8号というサイズだと真琴が教えてくれたが、絵に詳しくない直姫には、意外と大きい、ということしかわからない。

その絵は、未完成だった。

白い花瓶に、黄色や紫や薄桃色の、大人しい色合いの花が飾られた絵だ。
しかしなにより直姫が注目したのは、背景の色だった。
青とも緑ともつかない、不思議な色合いをしているのだ。
花瓶が影を落とした部分は、暗く、底の見えない沼のように深い。

まだ花の着色の途中のようで、あっさりと色の乗せられた花とまるで正反対なことも、やけに印象的だ。

出来上がればきっと、さぞ見映えのする絵になるのだろう。
だが仕上がりが中途半端な今の状態でさえ、不思議な魅力を放つ絵だった。


「これ、小道具?」
「うん、奈緒子の部屋に飾るんだって」
「へえ……すごいね、こんなに本格的に準備してるんだ」
「美術部の城ノ内さんが描いてるらしいよ? ほら、さっき飲み物配ってた」


本当に上手だよね、と真琴が言う。
彼は多少絵を嗜むらしい。
真琴がぽつぽつと呟く感想を聞き流しながら、直姫は、いかにも完璧主義の大友さんらしい、と考えていた。


そして、練習を始めて一週間、直姫が自分のスカート姿に少し慣れてきた頃、事は動き出していた。