「あんたさ、ほんとは……」
「えっ? なんですか?」
「……いや」
きょとんとする里吉から目を逸らして、夏生は言う。
「護身術は」
「それなりに。夏生さまは?」
「……かじった程度」
「嘘おっしゃらないで。東雲財閥のご子息ともあろうお方が……合気道ですわね?」
「よくわかったね」
「わかりますわ。なんとなくですけれど、お手前も。少なくとも、かじった程度じゃないことくらいは」
「……さあね」
「いざとなったら夏生さまに守っていただこうかしら?」
「自分の身は自分で守りなよ」
「まあ、冷たい」
そう言って、里吉は肩を揺らして笑う。
やっぱり、と夏生は思った。
直姫たち生徒会役員に対しての顔と、夏生に対しての顔が違う、どころではない。
直姫たちの前で夏生に見せる顔と、彼らのいないところで夏生にみせる顔とにも、差があるのだ。
「わかりました。でも最後にもうひとつだけ、よろしくて?」
「……なに」
ずいぶん寛容に接している、と思いながら、夏生は尋ねる。
聖に言われたからでも、大手文房具メーカーの子息のご機嫌取りが必要なわけでもない。
なにか裏があるように思えるのだ。
そして、それを自分が知らないことが、気持ち悪くて仕方がない。
夏生に探られていると、わかっているのかいないのか、里吉は悪戯っぽい笑みを浮かべて、言った。
「お化け屋敷に入ったら、帰ることにしますわ」