足音が途切れた。

俺は視線を上げて首を捻る。


「ケイ。見っけ」


悪戯っぽく笑う舎兄は隣に腰を下ろしてきた。


「此処排気ガスくせぇ」


文句垂れてくるヨウは駐車場に関する率直な感想を述べてくる。

ぎこちなく相槌を打つ俺はようやく声を振り絞りだすことに成功。

言いたかったお礼は言えず、「チャリ失くしちまった」あいつ等に盗られちまったよ、と他愛も無い話題を切り出す。
 

チャリのない舎弟ってなんだろうな。

サッカー選手が足を負傷するのと同じくらい俺には痛手なんだけど。


小さくちいさくぼやくと、何も変わらないじゃないかとヨウは言い切った。

チャリがあろうがなかろうが、それこそ土地勘がなくなろうが、荒川の舎弟は舎弟だと一笑を零す。

どんなに弱かろうが関係ない。

荒川の舎弟は一人なのだとヨウは遠慮がちに告げ、一旦呼吸を置く。


「重いか?」


主語抜きの質問だけど俺には伝わってきた。

荒川の舎弟の肩書きが重いかどうか、おずおず聞いてくる同級生に俺は苦笑い。


本音を言えばちょっとだけ。


でも今更白紙にしようとは思わない。今更できるわけがないんだ。

俺が舎弟でいたいって思っているんだから。
それこそ利用される弱者だって分かっていても。

「ヨウは」

重くねぇ? 自分の質問には答えず、俺は相手に質問を返す。

弱い人間を舎弟に持つ、それは舎兄にとって多大な負担だろう。

ヨウは正直に答えてくれた。

手腕があった方が楽なのかもしれないなぁ、と。


続け様。
 

「けどそれだけの理由で解消なんざ、ダッセェだろ? テメェは言うほど弱かねぇよ」

 
断言する舎兄。ヨウは俺を信じてくれていた。

どんなに俺が逃げていても、避けていても、周囲に怯えていても、いつか必ず自分の下に戻ってきてくれるって。俺が戻ってくるって言ったから…、だから。


もうヤダ。

なにこのイケメン。
どこまでもイケメンだから腹が立つ。
何をしてもカッコ良く思えるから、スッゲェ腹が立つ。

イケメンに生まれたかった、マジで。

悩んでいた気持ちもポジティブ圭太もネガティブ圭太も吹き飛んだ。


着飾った感情がなくなった今、俺の胸に残るのはたったひとつの思い。


それは監禁されていたあの日からずっと、ずっと、ずっと願い欲していたこと。


でも今の段階はチームに戻ることじゃない。


まずは。


「ヨウ、俺はあの時間に囚われたままだ。思い出しただけでも手が震える。ごめん、俺はすぐにでもお前の下に戻るつもりだった。
けど、どうしてもできない、今はっ、どうしても。俺の中の時間はまだ、あそこにあるんだ」

「……ケイ」


「戻りたいんだぜ? これでも。けど、もう少しだけ、このままでいさせてくれ。もう少しだけ」