だがしかし、毒舌の波子が俺の前に回ってきた。

眉根をつり上げる俺に、ケッと睨みを飛ばす毒舌の波子。完全に狼狽している健太。


この三つ巴図をなんと説明すればいいのだろうか。


何無視してくれているんだとキャツがほざき始めた。

聞こえないとばかりに俺は右の耳に指を突っ込んで、つーんとそっぽ向く。


「お、おい圭太。らしくないって」
 

空気を読んでいる健太は、そういう態度を取れば相手がどうなるのか分かっているだろ、だろだろーん、とノリで空気を緩和しようと努めた。


「ウッザイノリよしてくれる?」


調子ノリキラーの発言によって健太はピタッとおとなしくなる。

というか胸を抉られたような気分になったらしい。


やっぱこの人苦手だ、と胸を押さえている。

気持ちは分かるぜ、健太!
 

と、耳の穴に指を突っ込んでいた腕を毒舌の波子に取られてしまう。

なんだよとばかりに視線を流せば、キャツは湿布を貼っている俺の右手の甲を見据えて眉をつり上げていた。

「この手で…」

あの字を書いたの、そうなの、だったら喧嘩売ってるんだけど、とかなんとか独り言をブツクサブツクサ漏らしている。

手を払ってだからなんだと無言で相手を睨めば、「田山。あんたでしょ!」と話題を吹っかけられた。


「先日あった展覧会に出展していた四時歌を書いたの! ひなのの学校が出展していたあれ、あんたが書いたんでしょ!」

 
ゲッ、毒舌の波子に見抜かれている。

堤さん、ちゃんと匿名で出展してくれたんだよな? メールで念は押したんだけど。
 

内心でかるーく冷汗を流しつつ、表向きの俺は何の話かさっぱりだと両手を挙げた。
 

俺は三年前に習字をやめている身分、しかも右手を怪我している。筆なんて持てない。堤さんの出展話だって断った。

言いがかりもいいところだと、返事する。


「嘘ね」


あの子に詰問した時の態度といい、あの字体といい、あんたしかいないと毒舌の波子は指差してきた。


何年忌々しいあんたの字を見てきたと思うの、ゴォオッと内なる炎を燃やして握り拳を作る毒舌の波子に俺は若干押される。

執念って怖いな、まだ先に級を取ったことについて根に持っているなんて。
 

「あんた、三年も筆を触ってないんでしょ! なのにっ、あんなにっ、あんなにっ…、ムカつく。あんたって本当にムカつくわよ!
不良のパシリしてるくせに! ダサ山! あんたみたいな男っ、彼女すらできないわよ!」

「ザーンネン。俺は荒川の舎弟です。そしてご心配どうも、俺、彼女持ちですから」

「見栄張ると後で泣くんじゃないの?」
 
「あっはっはっは。真実しか述べていないんですけど? 俺には貴方様とは違って超可愛い彼女がいるんですぅ。彼女と貴方様の性格を比べれば月とすっぽん! 天使と悪魔! 女神と悪女!」