無人のビルはやや荒れていた。


客人用のスリッパは無造作に靴棚に放られているし、土足マットもナナメっている。

玄関口から左右に分かれている廊下には無数の足跡がチラホラ。

シャッターが下ろされている窓口には『受付』と印刷された文字が。


けれどそれも剥げかけており、目を凝らさないと文字が読めない。


「商社だったみたいですね」


ビル内の雰囲気にココロが小さな子会社だったのではないかと、二人に意見を求める。


窓口があるから多分そうだろう。

けれど何故、無人に…、倒産、もしくは移転したのだろうか? 
 

「あ。そういえばケイさんが言ってたな…、ここら一帯の道路が整備されているって。

なんでも数年前から道路整備の話がきていて、周辺住民と市役所と揉めていたって。
ここら辺はまだ道路整備されていないみたいだけど、近くには古びたアパートや駐車場しかなかったし。此処も近々道路整備されるのかも」
 

「なるほどな。だからビルに人の気配がまったくないのか」


それに不良かヤンキーのたむろ場になっているみたいだしな。

モトは眉根を寄せて左右の廊下を交互にやる。


「見ろよ」この壁、スプレーで落書きされ放題じゃんか、と親指で壁を指す。


確かに、路地裏で見かけるような洒落た英単語が赤や青といったスプレーで綴られている。

ということは、此処は名も知らぬ不良達のたむろ場になっているのだろうか?


人の気配はまるでないのだが。
 


取り敢えず奥に進んでみる。

落書きされ放題の壁のせいで商社だった面影がこれっぽっちもない。


日頃の鬱憤を壁にぶつけるかのごとく、壁には落書き、落書き、らくがき。


「凄いですね」目を瞠る数だとココロは感心しているが、

「スプレー代の無駄だよな」モトは興味なさ気に言葉を返した。


親友に同調するキヨタは、スプレーってひとつがわりとお高めなのだとココロに教える。
 

そうなんですか、相槌を打っている彼女が別の物に興味を惹かれたのはこの直後。


階段に差し掛かった時のことだ。

一階から二階に上った先に、「あ」ココロの財布が落ちていた。


折り重なるように誰かの財布も落ちている。

ココロは駆け足でそれ等を取りに行き、自分の財布と誰かの財布を拾う。
 

なんで此処に落ちているんだろう、首を傾げながら中身を確認。

遅れて二人が彼女の下に歩み、中身は盗られているかと尋ねる。


「いいえ」お札も硬貨も無事です、ココロは困惑気味に答えた。