「こっちたらぁ命が懸かってんだぞ」

モトはこめかみに青筋を浮かべ、

「ココロさんがスリに遭ったなんて響子さんに知られたら」

キヨタはグッと握り拳を作る。
 


「「オレ(っち)達、殺されちまうんだからな―――ッ!」」



そんなことになったら、どう責任とってくれるんじゃいワレェ!
 

全力疾走する二人の足は限界を超えても尚、加速。

呼吸が切れそうになっても減速などなく、住宅街に逃げ込む青年の後を一心不乱に追う。


自分達の本気を悟ったのか、青年は曲がり角を左折すると直進し、助走をつけて民家の塀を越えてしまう。

「クソッ」モトも助走をつけて塀を越えようとするが、キヨタが腕を取って踵返したためにそれが敵わなくなる。

「おい!」モトの非難を受け流し、「ケイさんならきっと」キヨタは曲がり角を飛び出すと、十数メートル先の曲がり角を左折。

そこには金木犀の木を掻き分け、民家の塀を乗り越えた青年の姿が。


「ケイさんに教わったとおりだ。ここら一帯の住宅街は家々が密接しているから、塀を乗り越えてもこの道くらいにしか出ないんだよ。数日前に歩いたばっかなんだ」
 
「でかしたキヨタ! グーンと距離が縮まったぜ!」


着地した青年が自分達の姿を捉え、やや焦燥感を表情に滲ませる。


それでも自分達から逃げるその様子。


イケる! 二人は捕まえられると口角をつり上げた。

それでも盗っ人は諦める素振りなく、アスファルトを蹴って逃走を繰り返す。

こっちがコンビに対し、向こうはピン。


持久戦では此方が圧倒的に有利だ。

スパートを掛ける如く、二人はグングン相手と距離を縮めていく。


青年は大通りに出ると、一旦通行人の間を縫うように走り、再び住宅街に飛び込んだ。


往生際が悪い、相手の背を睨んで後を追う。

そうして盗っ人の後を追っていると、青年はひとつのビルらしき建物に入った。

正しくは封鎖の意味で仕切られている錆びた太いチェーンを飛び越えていった。

そのビルは周囲の閑寂としたアパートと溶け込むような形で佇んでいる。


然程高くないビルだ。駐車場はあるも、非常に狭いスペースで二台分しか置けない。


目分からして、三階建といったところだろう。


二人は眉根を寄せる。


あそこは私有地なのでは?

堂々と中に逃げて行く青年に訝しげな気持ちを抱き、一旦出入り口で足を止める。


伝い下がってくる汗を手の甲で拭い、あがった呼吸を整えながら二人はビルを見据えた。

向こうに見えるは手押しのガラス扉。
微かに微動している扉は、誰かが扉に触れた証拠。