わたしが書き終わると、圭吾さんはもう一度書類をチェックしてから校長にボードを返した。


「じゃ、この娘を教室に送り届けたら帰るから」

「圭吾……ゆっくり話せないか?」


圭吾さんの体が強張るのが分かった。


「悪い。また今度にしてくれ」

「だが……」

「時間は作る。今はやめてくれ――おいで志鶴」


圭吾さんがわたしを引っ張るようにして部屋から連れ出した。

部屋を出る時振り向きざまに見た校長の顔はどこか悲しげで、わたしの手を引っ張りながら廊下を速足で歩いていく圭吾さんの後ろ姿もどこか辛そうで――

わたしはただ黙って小走りになりながら圭吾さんの後ろをついて行った。


階段まで来て、2段下りたところで圭吾さんがいきなり立ち止まった。


「志鶴」

前を向いたまま圭吾さんが呟くように呼ぶ。

「何ですか?」

「恨みとか憎しみっていつかは消えると思うか?」


それが圭吾さんと校長の間に横たわっているものなの?


「親父が――父が言ってました。恨んだり嘆いたりし続けるには、人生は短すぎるし貴重すぎるんですって」


圭吾さんはため息を一つつくと振り向いた。


階段の段差のせいで顔の高さが同じくらい。


片手が上がり、わたしの頬をそっと撫でた。

そのまま手はこめかみを滑って髪に指を差し込み撫で下ろす。

初めて圭吾さんに会った時と同じ。


「賢者の言葉だね」


ああ、圭吾さんはあの人を恨んでいるわけじゃない


ただ悲しいだけなのだ


二人の間に何があったのか分からないけど、いつかはわだかまりが消えますように