舞憂、大丈夫かな…
玲くんも来ないし。
いったい、玲くんはなにをしてるんだ!
舞憂がこんなになってるのに…
玲くんも、知ってるはずなのに…
結局夜に二人が来て、面会時間ギリギリになっても玲くんは来なかった。
まじで、何してんだろ。
舞憂の家族と話して、舞憂のことを少し詳しく知れた。
両親が日本にいないことは知ってたけど。
舞憂以外のみんなはイギリスにいて、
お父さん、お母さん、シンくんは弟で、レンちゃんっていう妹がいること。
中でも、シンくんが養子だっていうのには少しびっくりした。
家を支えるための養子なんて、そんな近くの家族に関係あることだなんて思ってなかったし。
でもよく考えたら、舞憂の実家である桜井家は世界で有数の大富豪なんだ。
…おかしい話じゃないのかもしれない。
桜井家っていうのは、舞憂の曾おじいさんが興した会社の主。
その会社が、日本ではあんまり有名じゃないけど世界では知らない人がいないくらいの大きな会社。
たぶん商品とかは入ってきてるんだろうけど、日本支社がないらしい。
衣料品、化粧品、生活雑貨。
そういったものから
医療用品、車、家具、不動産。
大きなものまであるらしい。
まあ、それは桜井の会社自体じゃなくて傘下の会社がやってるものもあるみたいだけど。
『ヨーキは舞憂と仲がいいんだな。』
『や、仲良くしてもらってるんですよ?』
『ふふ、舞憂は美人に弱いのよ。』
『へ?』
「ま、つまり楊杞は美人ってこと。」
シンくんはあたしのことを楊杞ってよぶ。
舞憂の両親はヨーキってちょっとカタコトで言うけど。
「なあ楊杞、玲とかいう男は?」
「え、シンくん、玲くんのこと知ってんの?」
びっくりだ。なんで知ってんだろ?
「まあ…。いろいろ。」
「ふうん?玲くんならまだ来てないよ。」
そんな話をしながら、面会時間になって。
あたしと舞憂パパとシンくんは病院から出た。
また明日も、来よう。
――――――
ん…?
ここは、どこだろう。
真っ暗な部屋。
枕元に携帯がないから、自分の部屋じゃないってことは分かる。
…じゃあ、どこ?
『舞憂?目が覚めたの?』
え。
この声は、母さん…?
パチン、という音と一緒に部屋の電気がつく。
白い天井、白い壁、白いベッド。
…前にもこんなことあったような。
「病院…」
そういえばあたし、倒れたんだっけ?
『舞憂、今はまだ寝ていたら?まだ3時なのよ。』
3時…
外が暗いところからして、夜中か。
母さんをよく見てみれば目の下にはクマがある。
『分かった。』
母さんに、寝てもらわなきゃ。
いろんな話は、後から。
「桜井さーん、朝ですよー。」
んあ…
もう朝…?
「起きましたか、娘さん。」
『…?』
母さん、日本語苦手なんだっけ。
「起きてますよー」
「あら!やっとですか!先生呼んできますね。」
看護師さんの笑顔ってめっちゃ落ち着く。
そういやあたしって何日くらい入院してたんだろ。
かなり寝た気がする…
体が軽いし。
でもそれを聞こうとする前に、お医者さんが来た。
どうやら3日ほど目を覚まさなかったらしい。
あらまあ。
どうりで体が軽いわけだわ。
「いくつか検査をさせていただきますね。」
そういうことで、あと何日かは入院生活が続くらしい。
『舞憂、体は大丈夫なの?』
『うん。めっちゃ体が軽い感じ。』
『そう、良かったわ。』
あれ、そういえば。
あたしはお見合いしたんじゃなかったっけ?
しかも、軽穂…
軽穂にあんなこと頼んだんだ。
…楊杞は、元気なのかな。
ガラガラガラッ!
勢いよく病室のドアが開く音がして。
「舞憂っ!!」
「楊杞!?」
はぁはぁと息を切らした楊杞がやってきた。
「目、覚めたの!?」
「う、うん…」
「よかったぁ…」
ちょ、楊杞、座り込まないでよ。
床冷たくないわけ?
「心配したんだよ?ただの寝不足って聞いたのに3日も目を覚まさないなんて!何考えてんの?」
お、おう…
なんかあたし怒られてる?
「ご、ごめん…」
てかなんで楊杞はこんなに元気なんだ?
『ヨーキは毎日ここに来てくれたのよ。舞憂のために。』
え。
毎日?
確かに楊杞には英語を教えたから話せるだろうけど…
軽穂には何も聞いてないの?
「…楊杞、軽穂とは?」
「…ああ、軽穂ね。まぁなんともないけど?あんまりそういう話もしてないし。」
そっか…
「…まぁあたしは軽穂が別れたいって言わない限り別れるつもりはないし。舞憂はなんにも悪くないよ。」
普通に笑いながら楊杞がそう言うから、なんだか苦しい。
楊杞を辛い目にあわせるのが、苦しい。
やっぱりあたしなんか…
「舞憂!あんた変な事考えてんじゃないでしょうね?」
「へっ?!」
「まったく!あたしが一番辛いのは舞憂がいなくなることなんだからね?分かってる?」
「…でも、」
「でもじゃない!まったく。舞憂は強情だね!」
…でも。
「…あたしは、楊杞に幸せになってもらいたい。」
「………。」
「あたしを変えてくれたのは、間違いなく楊杞なんだよ。」
「…そんなのは、あたしよ。舞憂があの時あたしを助けてくれなかったらあたしは学校にも行ってなかっただろうし、軽穂にも出会ったなかったし、何より…襲われてたんだし。」
あたしたちは二人して、初めて出会った日のことを思い出してた。
――――
―――――――
あたしは、日本に来たばっかりで。
当てもなくフラフラと街を歩いてた。
アパートは無事に借りて、大家さんとは話もする。
でもそれ以外の人とは会話も無ければ目も合わさない。
毎日毎日居心地の悪いこの街に身を預けていた。
あたしが初めて楊杞を見たのは、夜の繁華街。
細い路地につれ込まれそうになってた。
「ちょっと!やめてってば!」
「いいじゃん、君カワイイし。酷いことはしないよ?」
「んなわけないじゃん!ちょっと!離せっ!」
この辺ではそんなことは当たり前と言う風で。
通り過ぎる人たちも見てみぬ振りだった。