「そう、ですか……」

「でも、私たち、また璃子先輩とお話ししたいです!」

「いつでも大歓迎です!」

「わかった、またね!」

手をひらりと振り、教室から出た。

ざわつく、人が行き交う廊下……。

不愉快極まりない。
人混みは、嫌いだ。

「あ、青田璃子先輩!ですよね……?」

あ、デジャヴ……。

「あのっ……俺、先輩のこと」

「はいストーップ!」

「し、ば……?」

「何だよ、羽柴邪魔すんな」

「残念ながら璃子先輩は俺の飼い主なんで勝手なことすんじゃねぇよ」

何言ってんの?

「飼い主?バカじゃねぇの?」

バカ、か。
そうかもしれないな……。


「ソイツ、私の犬なんだ。
“私が”拾ったの、何か文句ある?」

「え!?あ、いや……」

わかりやすっ。
面白味がないな。

もうちょっと、面白い奴だと思ったのに。



「私、つまらない奴には興味ないから」

そう言い捨て、私は自分の教室へと向かった。

しかし廊下で全てを見ていた生徒たちによって
“女王様はつまらない奴をお気に召さない”
などという噂を囁かれ、たちまち学校中に広まるなどということを私は知らなかった。
そしてこの先、それに気がつくことはないだろう。


「せんぱっ……璃子先輩!」

柴が必死に私の後を付いてきていたようで、息を切らしながら横に立った。

「何」

「はぁはぁ……送り、ますよ」

「いらん」

「そんなこと言わずに、ね?」

「何が、“ね”だ。少しは黙れ。
そしていらんからさっさと帰れ!」

可愛く言ったって私には効かない……効かないんだから!!


「先輩……寂しそうな顔してますよ?」

「目の錯覚」

「そんなわけないですよ!」

なんで、私(飼い主)の言うことが聞けないかな?


「ほっとけっつってんの、まじそういうのうざい、失せろ」



「せ、んぱい?」

違う、そんなことが言いたいんじゃない。
違う……違うのに……。

私が言いたいのはそんなことじゃない……。


「ごめん……」

そう言って走り去ろうとした。
しかし、足が、動かなかった。

自分に鞭打ち、必死に動こうとしているのにも関わらず、私の足は、動かなかった。


「あ、れ……おかしい、なぁ……」

「璃子先輩、泣くんですか?」

何言ってんのコイツ。

「泣くわけないし」

「嘘です」

「私が泣かないって言ってんだから本当に決まってるじゃん!」

「だって先輩、泣きそうな顔、してます」

そう言われた途端、私の目から涙が零れた。

「おかしい、な……」

何で私泣いてるんだろう?

「璃子先輩」

何であんたまで泣きそうな顔してんの。
まじ意味わかんない。

わかるわけ、ないじゃん。



「先輩が悲しいと俺も悲しくなります。
先輩が楽しいと俺も楽しいです。」

「バカ、じゃないの」

「先輩が泣いてると俺も泣きたくなるんです」

「本当にバカ」

私なんかにそんな価値ないのに……。

「先輩、そろそろ俺の気持ち……受け入れて下さいよ」

違う……柴は苦しんでるんだ。
ちゃんと柴の理由で。

「付き合わなくてもいいです。
振るんでも構わないです。
でも、拒絶し続けないで下さいよ……。
俺の心、壊れそうなんだって……気づいてっ!」


柴はこんなにも苦しんでた。
しかもこんなに苦しめていたのは
はっきりしない私。

「柴……!」

私、居心地がよかった。
美那都や華音じゃない違う心地よさに
甘えた。

「私にアナタを受け入れる資格なんてない……」

私は柴の気持ちを弄んだだけにしかすぎない。
最低だよ。



「そんなの……」

いらない、でしょう?
それくらい知ってる。

「……アナタが思ってるより素晴らしいものなんかじゃないよ私」

「そんなことないですよ!」

「うるさいな!何にも知らないくせに……」

まただ。
また、変なこと、口走ってる。

「……よく知ればいいって、そう言ったのは先輩ですよ?
俺は知ろうとしてるのに先輩は一向にさらけだしてくれない」

だって……私のこと知ったらきっと軽蔑する。

「これ以上私たちの関係が深くなったら一緒にはいられない。
犬と飼い主、それくらいが丁度いい」

つかず離れず。
それが最善。

「せんぱ……」

「もし私がアンタを“男”として見るようになったら、私はアンタを拒絶する。
それこそ一緒にいられなくなる。
アンタは柴はそれでも構わないの?」

アンタがどれくらい私に本気なのか……。
少し、興味があるんだ。



「よく、ないです。
でも……俺だけは平気にするような勢いでアタックしますから」

本当に何でアンタはそんなに真っ直ぐなんだよ。

「でも先輩……“先輩”はどうなんですか?」

「そんなの」

そんなの知らない。
自分の気持ちなんて全然わかんない。

「清々するに決まってるじゃん!」

「先輩って嘘つくの下手ですよね」

嘘なんかついてない。
なんでアンタはすぐそうやって……!

「訳わかんない顔、してます」

何でアンタには私にもわかんないような事わかっちゃう訳!?

「柴なんて嫌い!」

「本当に先輩は大嘘つきですね」

柴はまだ涙を流す私の手を引き、二年の教室に向かった。

なんかまるで私が年下みたい。
そんなの、我慢ならん!

「離せ!」

「わっ!」

柴の手をふりほどいて仁王立ちをした。


「生意気!犬は犬らしく私に引かれてろ!」



「それでこそ璃子先輩ですね」

なんだかなぁ……。
本当に時々、柴の方が大人に感じる。
悔しい。

「今日の所は解散、じゃ」

「放課後また行きますねー!」

「来なくていい」

このやりとりの心地よさを、気のせいだと嘘を吐いた。



「璃子どうなってんのかなぁ」

「璃子にゃんのことだから誰かから告白されてたりして!」

コイツら私が戻ってきたこと、気づいてねー。

「ありうるー!」

「柴にゃん嫉妬してるって、ギャハハ!」

「言わせておけば好き勝手に……その口、縫いつけたろうか」

「わ、璃子!」

「いつから!?」

「今さっきだよバカ」

本当に何の話ししてんだか……。
嫉妬なんてするはず……。
あ、してた?あれ嫉妬?

うーん……わからん。
まぁもとから私に男心なんてわかるわけないけどさ。

「で、さ……どうだったわけ?
柴君とのランチは」

コイツ、絶対楽しんでやがる。



「どうもこうも別になんも」

「璃子にゃんそれじゃあつまんないよ」

「知るかアホ」

なんで私があんたたちが楽しいかなんて考えなきゃいけないのさ。


「あ、でも一年生の三人の女の子と仲良くなった」

皆可愛かったなぁ。

「なんで柴君とお昼食べに行って別の子と仲良くなってんのよ」

「璃子にゃーん。柴にゃんと仲良くなって帰ってこなきゃだめだよ」

なんでだよ!
別に柴と今のままで全然よくない!?

現状維持って大事!

下手に何かしようとすると大抵の場合失敗するんだから、人間なんてものは。


「璃子のソレ、柴君がなんとかしてくれんじゃないかって私ら期待してんのよ?」

あ、ただたんに面白がってた訳じゃないんだ……。
ま、絶対どっかで楽しんでるんだろうけど……。

「璃子にゃんが少しでも幸せになってほしいよ」

「私は、幸せだよ」



「華音と美那都といて、幸せ」

「璃子、人間なんてものはね、異性がいなくちゃいけないのよ」

「は?」

なんか私それなりにいいこと言ったつもりなのになんだか全力でスルーされた気がする。

「最終的には、だけど」

「ごめん華音さんの話が大人すぎてすっ飛びすぎててよくわからん、っつかね、わかりたくない」

わかるようなわからないような
だがしかし、何よりもわかりたくないからあえて理解しない。


「本気で愛したことがないだなんてそんな虚しい人生送っちゃ駄目」

あのねぇ、華音ね、勘違いしてると思うよ。

「私にだって本気で愛した人くらいいるから」

「「嘘だー!!」」

「失敬な!」

海に沈めたろうか。

「事実だって」

きっと大人はたかだか中学生の恋だろう、と鼻で笑うだろう。

それでも私にとってはされど、だ……。