「詳しくったってそんなオイシイ情報はないと思うぜ?」
「それでもいいから知ってるだけ全部吐け」
「おえぇぇ」
「……」
樋山、あんたってまるで小学生みたい。
「ってあれ、無視ー?」
「話がそれた。もういいや、コイツじゃ話にならない」
そう独り言のように呟いて踵を返した。
「え、ちょっ待っ、待って下さいっ!!」
超焦ってる。
まじ面白い。
「か、華音たん、璃子にゃんってやっぱりアブノーマル!?」
「そうだね、璃子はドSだもんな」
「だまらっしゃい!」
外野はいちいちうるさいんだよ!
ちょっとは静かにしろよ!
それに誰がアブノーマルだって?
誰がドSだって?
「私はいたって普通だっての!!」
「璃子にゃん、ツッコミどころそこ違う」
私としたことがまさか美那都につっこまれる日が来るとは……!
「で、樋山」
「切り替え早っ」
「うるせぇよ」
「すみませんっしたー!!」
素直でよろしい。
「姐さん、えっと」
「樋山、お前もか」
「ブルータス、お前もか。みたいに言うなよ」
「無理」
「はい」
樋山は何故か正座をした。
ピキーンっていう効果音が似合いそうな絵面だ。
まじ滑稽。
「まじ非道」
「あん?」
「さーせん」
また樋山は固まった。
「紗耶香、最近誰かと連絡を取り合ってるみてーだけど」
「友達とかじゃなくて?」
「いや、それがなんか怪しいし、多分違う……ヤバい奴とかじゃないといいんだけどな……」
ごめん樋山、ヤバい奴かもしんない。
言わないけど。言ってやらないけど。
「でもなんでそんなことが知りたいんだ?」
「捻り潰すため」
その発言にクラス全体が凍りついた。
約二名を除いて全員が恐怖の色を見せ始めた。
そう、その発言で
青田璃子の噂
“女王様の趣味は首狩り”
と
“青田璃子、番長または総長説”
が、出回ることになるなんて思いもしなかった。
「ひ、捻り潰すって……」
青い顔で樋山は必死に聞き返してきた。
「あ、紗耶ちゃんのためだけじゃないから」
「いやそうじゃなくてな」
「じゃあ何」
私の眉間にシワがよりだした頃、華音と美那都が突撃してきた。
「言葉の文だってばー!」
「璃子はそんな野蛮じゃないし」
ナイスフォロー。
あ、私が言うのもあれか……。
「青田、心当たりがあるのか?」
「ないって言ったら嘘になる」
まだ定かじゃないから。
「なんだよそれ」
「嘘は言いたくない」
「そうか」
「うん」
嘘を言って、何になる。
「あとさ」
「何」
「稟汰のこと、よろしくな」
なんでコイツ知ってんだろう。
とか思ったけど怖いから聞くのはやめた。
お昼休みを告げるチャイムが鳴り響けば柴は私に飛びついてきた。
「りーこせーんぱーいっ」
「く、来るな!!」
「そんな冷たいこと言わないで下さいよー」
い、いつもよりスキンシップが激しい。
あ、変な意味じゃないよ?
ぎゅうっと柴に抱きつかれた。
さわさわと当たる柴の髪の毛が柔らかかった。
「んー先輩いい匂い……」
「って嗅ぐな!!」
確かに犬は嗅ぐけど、犬扱いだけど一応お前人間じゃんか!!
「職権乱用中ですよー」
いつから私の忠犬は職業と化したんだ?
しかも自分で乱用とか言っちゃダメだろ。
本当にバカだな。
「それに彼氏なんですから」
そんなキラッキラな笑顔で言われても……。
「一応、でしょ」
「そうですねー」
尻尾をパタパタ振るな。
多分本人以外全員に見えていることだろう……。
「先輩、先輩!!」
何がそんなに嬉しいんだかやたら私を呼びながらまとわりついてくる。
「り、璃子が受け入れている!!」
「璃子にゃんが柴にゃんを引っ剥がさない!!」
私の親ゆ……いや友達(多分)は何気にひどかった。
友達の変化くらい素直に喜ぼうよ。
「だって俺、璃子先輩の彼氏ですもんねっ!」
「だから一応って」
っつか柴がそんなことをクラスで堂々と公言するからまたクラスメートが噂し始めた。
全く噂好きが多くて困る。
「でも先輩ったら以前よりも相手してくれてますよね!!」
さらに懐かれた気がする。
私はムツゴロウさん違うから。
懐くなら別の人に…………だなんて今更言っても遅いことくらい、知ってますって。
「青田、何だろうなこの娘を嫁に出すようなこの複雑な心境は」
「私とあんたそこまで親しくないだろ」
樋山はサラサラと風化を始めた。
もうそんなことではクラスはざわつかない。
樋山は完全放置プレイだ。
「俺、早く璃子先輩の一番になりたいです」
私だけに、聞こえる声。
なんというか、こそばゆかった。
痛いほど伝わった柴の気持ち。
見てるだけでこっちの心が張り裂けそう。
「柴はいつまで待ってくれる?」
私はもしかしたらもう恋ができないのかもしれない。
臆病になった私は、恋とかときめきとかいうキラキラした感情を全てしまい込んでしまったから。
「そんなの、わからないですよ」
よかった。
密かに心の中で呟く。
ずっととか、一生とか言われたら、重すぎて私にはきっと背負えなかった。
「明日にはもう嫌になってるかもしれないですし、もしかしたら死ぬまで待ってしまうかも……
でも、未来なんて誰にもわからないんです。
だから…………」
だから、なるように、なる。
未来がわかるとしたら、それは神様か大嘘つき者。
「でも、璃子先輩」
柴を見れば、穏やかな顔をしていた。
優しい、愛おしむような顔。
確かに柴は“男”だった。
今もそれを感じる。
なのに、不思議と他の男子とは違い、離れたくない。が勝つ。
この感情を、私はなんと呼んだらいいんだろうか。
恋とも、友情とも違う。
太陽みたいな、水みたいなそんな感じ。
太陽や水、食べ物や空気がなければ私たち生き物は死んでしまう。
絶対不可欠なものに近いと思う。
「璃子先輩の男嫌いなんて俺には障害にすらなりませんよ」
強がり。
私がそうからかえば決まって柴は
事実ですよ
と、返す。
あんたを見ると思ってしまう。
このままでいいんじゃないかって
このまま彼に流されて彼のモノになってしまってもいいんじゃないかって。
でもそれって、違うよね。
「ねえ柴……」
「璃子先輩、俺の名前は稟汰ですよ。羽柴稟汰です」
愛称なんだからいいじゃん。
「少しずつでいいんで、呼んで下さいよ!!」
「調子のんな」
やばいやばい。このままじゃ本気で流されてしまう。
そんなことがあってたまるか。
「っつかあんたたちいつまで教室でイチャコラするつもり」
「そーだそーだ!にゃんにゃんするなら二人きりでやりなさいよー!!」
華音と美那都に半笑いで言われれば私は大人しくしようとした。
でも柴はそうは思わなかったようで私の腕を取った。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
おいおいおいおい!
まさかまじで?
「し、柴!?」
案の定、私は柴に連れ出されてしまった。
「俺ら、カップルに見えますかね」
ふと柴が呟いた言葉。
その言葉のさりげなさに、私に言ったのか独り言なのか判断に迷った。
だからとりあえず聞こえなかったことにしておく。
「ここなら、人気ないですよ」
連れてこられたのは初めて柴とあった場所。
私の人生が狂い始めた、あの場所。
「先輩」
一瞬にして私は柴の香りに包まれた。
懐かしいような、気がした。
「柴……?」
「稟汰ですって」
「稟汰?」
「好きです」
「知ってる」
「嘘」
「嘘な訳ないし」
柴は私から身体を離すとまじめな顔をしていた。
自然と私の身体は強張る。
「先輩は、何もわかってない。」
「何言ってんの……」
「俺がどれだけあなたを好きか、わかってない」
先輩でも、璃子先輩でもなく……あなた。
そう言う柴に違和感を覚える。
本当にあなたは柴ですか、と。
「抱きしめて、キスして、くっついて、甘えてほしい……」
「あんた、何言ってんのか……」
わかってる?
そこまで言えなかった。
柴が、泣いていたから。
「な、泣いて……!?」
「泣いてなんかないです」
私はようやく気づいた。
ああ、柴、そんな辛かったんだって。
「し、じゃない……稟汰」
どうしてこうも、人生は上手く行かないのか……。
木漏れ日の中、抱き合う二人の影は木によって隠される。
遠くで、誰かの声が響く。
まるでここだけ切り取ったかのように別世界だった。
まるで、世界で自分と彼しかいないような感覚。
「璃子先輩……」
「稟汰?」