『どうしたの?』
あの、俺が目を反らした言葉。
くっと胸が締め付けられる。
俺は平然を装って返した。
「何もないよ。何で?」
『今日、遥君と一言も話してなかったから。様子、ちょっと違ったし』
一言も会話をしていない事を、芹梨は気付いていたんだ。
戸惑いの中にどこか嬉しさを感じられたが、でもそれはすぐに俺の濁った感情にかき消される。
「…そう?普通だけど」
敢えて手話を使わない。紺との会話を見せられた後、自分の未熟な手話を使う気にはなれなかった。
芹梨の手元を見ると、鞄を持っている。
俺と同じ様に抜けてきたのか。
「帰るの?」
俺が聞くと、芹梨は視線を少し下げてこくんと頷いた。
俺を追いかけて来たからだろうか。嬉しさよりも、自己嫌悪が勝る。
「いたらいいじゃん。紺もいるし、会話出来るでしょ」
そう言う俺の口調は情けない程嫌味な感じで、この時ばかりは、芹梨に聞こえなくてよかったと思った。
まるで芹梨に当たってるみたいだ。俺は彼女から視線を反らす。
そんな俺の服の裾を、芹梨が引っ張った。
頼むから。
これ以上、こんな俺を見るな。