『紺君、凄い上手いよ。何も気にしないで会話できるもん』

芹梨の手話を、視界に入れる。
読み取れてしまった事に嫌気がさす。


…何も気にしないで会話できるもん。


俺は、芹梨の手話を読み取れない事が多い。
その度に芹梨は、言葉を選んで言い直す。
わからない時は、手帳に書く。

そういう手間が、紺との間にはいらない。
何も気にせずに、お互いの思う事を伝えられる。

俺には出来ない。
それが、現実。


「…わり、俺帰るわ」

これ以上この場にいることに耐えられなくなり、俺は立ち上がった。

鞄の中から封筒を取りだし、紺に渡す。

「来たんなら、お前から渡せよな」

なるべく場の空気が悪くならない様に、精一杯の笑顔を見せて言う。
そんな俺に、圭吾が言った。

「どしたの突然」
「明日バイトあったの忘れてて。お前らは朝まで楽しめよ」

バイトなんかないけど。

とにかくこれ以上この場にいると空気を悪くしそうだったから、俺は鞄から財布を取り出してお札を何枚か圭吾に渡す。

「足りなかったらまた言って」

それだけ言って帰ろうとした。

その瞬間、視界の端で、芹梨の手が動く。