何が俺をこんなに苛立たせるのか。
紺が悪いわけでも、芹梨が悪いわけでも何でもないのに。
自分の気持ちを落ち着かせようと隣の真二のビールを飲み、写真を渡してしまおうと鞄に手を伸ばした、その瞬間だった。
目の前で、芹梨が手話をした。
俺に向かってではない。芹梨が俺に見せているのは、横顔。
芹梨の手話は、紺に向かっていた。
そして紺もまた、それに対して手話で返す。
その時俺は、紺の手話を、初めて見た。
内容を読み取る事も、忘れていた。
「あれ、紺手話出来んの?」
そんな二人を見て、圭吾が驚いた声を上げた。
その一言で、皆の視線が紺に集まる。
「あぁ、うん。知らなかった?」
「いや、知る機会なんかねぇだろ」
「え、何で何で?」
興味津々の皆とは裏腹に、俺は嫌な雲を抱え込んだままビールを飲む。
「俺の従姉妹、難聴なんだよ。小さい頃から俺も一緒に手話やってたんだ。まぁ、簡単なものしか出来ないけどね」
そう言う紺に向かって、芹梨が首を振った。