「元々話せてたから、ほら、あの子口元読めるでしょ?それに、全く聞こえないわけじゃなくて…低い音、車の振動とか…そういうのは、聞こえるみたい。聞こえるっていうより…雰囲気を感じ取ってるって言った方が正しいかな」
「だから」、そう言って、佐奈ちゃんは視線を俺に向けた。
真剣で、どこか寂しげな表情が、俺を見つめる。
「ずっと、大丈夫だよって言ってた。あの子、弱いとこ絶対見せないの。耳駄目になった時でさえ、泣き言は全然言わなかった。言わないだけで…弱いとこ、あるはずなんだけどね」
そうして視線を落とす佐奈ちゃんの睫毛を見ながら、芹梨の姿を思い出していた。
合コンの日、一人でそっと夜の中に佇んでいた芹梨。
ファッションショーの日、堂々とランウェイを歩いていた姿。
そうだ。あの日だって、芹梨は一度も、弱い姿を見せなかった。
「…そっか」
俺はそう呟いて、もう一度ゴンドラの外を見た。
頂上はいつの間にか過ぎていて、地上がだいぶ近くに来ていた。
静かなゴンドラの中、それでも遠くの車の音、隙間風の音、少し軋む音が耳に届く。
多分俺は、本当の無音の世界を、知らない。