音がない世界。
鬱陶しい雑踏も
聞きたくない悪口も
優しい囁きも
温かい風の音も。
俺はたまに、耳を塞いでみた。
目の前の人の口元が動く。
水溜まりに弾く雨の粒。
隣を歩く女の子達の肩が震え、笑顔が弾ける。
車が何台も通るが、その音がない。
聞きたくないものは、この世には溢れている。
知りたくないことだって、山程。
でも、聞こえないと不安になる。
世界が閉ざされる。
今、目の前の人は何て言った?
雨の音は、強い音?
女の子達は、何で笑った?
車の音は、今周りの皆には聞こえているのか?
その不安を感じる度、俺は芹梨の世界を思った。
閉ざされた世界。
少しでも開ける鍵があるのなら
俺は、その鍵を自分で作ってででも、芹梨の世界を開けたいと思った。