『出番の前に、肩を押してください。それを合図に出ます』
「聞こえないのに…凄い、度胸だよ。音楽に合わせてウォーキングするのに、それが聞こえないんだからな」
「そんなの、微塵も思わせないくらい完璧なランウェイだったけどな」、高橋先輩はそう言い、「じゃ、お疲れ」と俺の肩を叩いた。
宮田先輩と高橋先輩は他のショーを見る為に、会場に戻った。
「遥も行く?」
紺が言ったが、俺はルーズリーフを見つめたままパイプ椅子に座る。
彼女の驚いた表情。
完璧なランウェイ。
俺を叩いた時の視線。
えくぼの浮かぶ笑顔。
綺麗な指先で描き出される、言葉。
「…まじかよ、」
俺の声は、彼女には聞こえていなかった。
あの音楽も、歓声も、何もかも。
…彼女には何一つ、聞こえていなかったのだ。