現に今、腕を掴んでいるから手話を使えていない。
使えていたとしても、伝えたい言葉を全部手話で現せる自信なんかない。
そんな俺の言葉を、芹梨は目でしっかりと聞いてくれている。
「だから…だから俺、もっと勉強するから。芹梨が言い直したり、紙に書かなくてもすむように、もっと勉強するから」
俺がそう言うと、芹梨は小さく笑って首を振った。
その拍子に、雫が頬を伝う。
空いている方の手でそれを拭い、鞄から手帳を取り出す。
俺はそっと、手を離した。
いつものペンで、その手帳に書き込む。
しばらくして、それを俺に差し出した。
受け取って、そのピンクの文字を読む。
『頑張らなくていい。前に遥君が言ってくれたのと一緒。あたしがもっと知りたいから。もっと話したいから。だから、伝わらなかったら何回でも言い直すし、何度でも書く。』
そうしてゆっくりと、その手話を紡いだ。
『あたしが、話したいから。知りたいから。だから、何度でも、伝えるよ』
絵に描いた様な綺麗な手話を、俺は全部読み取る事ができた。
同時に、締め付けられる様な胸の痛みに駆られる。