ゆっくりと呼吸を整えて足を止める。

川沿いの道に向かって歩く背中。俺は彼女に向かって、名前を叫んだ。


「芹梨っ!」


飲み会を抜けて涼みに来ている若い子や、歩いているサラリーマンの視線を感じる。
でも、一番欲しい視線は来ない。

俺はそのまま走って彼女に向かい、その腕を掴んだ。

いきなり腕を捕まれた彼女は、驚いて思い切り振り向く。


その目の縁が、ネオンに反射して光るのを見た。


「ごめんっ」


大きく見開かれた瞳に向かって、俺ははっきりと言った。


固くなっていた芹梨の体から、徐々に力が抜ける。

真っ直ぐに瞬きもせず俺を見つめていた瞳からも、ゆっくりと力が抜けるのがわかる。


俺も掴んだ手の力を緩め、もう一度ゆっくりと、言った。


「…ごめん」


芹梨の瞳の力が抜けると同時に、ゆっくりと、それが揺れるのがわかる。


「俺…だせぇって思って。紺とか芹梨の行き付けの店の店員とか、手話使えてるじゃん。普通に芹梨と会話してて…。でも、俺だと、わかんねぇ言葉があったりして、詰まったり伝わんないこともあって…」