「引っ越したのに…」
むっ、と愚痴を吐き出す夜くんに人間らしさを見て私は目を丸くした。
仕方なく渡り始めると、彼女たちの叫び声は次第に大きくなる。
『…ふふ、』
「なに」
『ま、頑張っ、て』
「…笑ってるでしょ」
おかしくて笑いを堪えていた私に辟易するように冷たい視線を落とす夜くん。
「黒川さん…!逃げないでください」
「待ってくださいよー。朝からずっと居るんですよー?」
キャ、キャ、と。あっという間に囲まれて立ち往生する彼の傍をスルリ、抜けて知らないフリをして通り過ぎる。
振り返れば恨めしそうにこちらを見ている夜くんが居た。
(…ぷ、おかしい)
と、歪めた顔のままで、彼が一言。
「もっと、ちゃんと生きたら?こんなことしてても意味ないよ」
単調にそう言葉を紡いで群れを掻き分け、彼女たちに背を向けたあと口パクで
「(…ストーカー)」
そう呟いたのがハッキリわかった。
酷く失礼な台詞を言われ、口をあんぐり開けたまま呆然と立ち尽くす彼女たちはそのまま取り残される。
そしてその視線は先に居た私のほうへ移動した。
(…お、怖い怖い)
夜くんもあれはあれで日々苦労しているんだな。毎朝あれじゃ、さすがに気が滅入るだろう。
引っ越してきたのは偶然で、隣だからというのは本当に私の自惚れだったのかもしれない。
慌てて私も踵を返して改札を通った。
もちろん、ここからは他人のフリをして。