「俺、桜の花びら追いかけてて…そしたらぶつかっちゃったんです。
すいません…」
「いえ…。でも、なんで…」
男の子は私の頭についている桜の花びらをとった。
「地面に落ちるまでに桜の花びらが拾えたらいいことがあるんですよ?
…なんて、友達から聞いたことなんで本当かどうかわからないですけどね!」
風の流れで不規則に舞い散る桜。
その軌道が人間にわかるわけがない。
そんな桜を拾えたら…
特別な気分になりそう。
「その話、私信じたいです。
本当にいいことが起こらなくても特別な気分になる気がするんです。」
ひゅーっと、男の子と私の間を強い風が通り抜けた。
…私、なに真面目なこと言ってるの…!
「あ、いきなりごめんなさい…」
「手出してください!」
男の子に言われてとっさに出した私の手には桜の花びらが置かれ、風で飛ばされないように男の子によって私は桜を握る形になった。
「頭でだけどその桜はセンパイが拾ったものですよ!
いいことあるといいですね!」
今日の朝日に負けないくらい、まぶしい笑顔で言う男の子。
この桜…私のなんだ…。
そう思った瞬間、心があったかくなった。
「俺、2年の蓮川奏太(はすかわかなた)って言います♪」
「あ、広野あ…「梓センパイでしょ?」
広野梓。
それが私の名前。
なんで男の子…蓮川くんが知ってるんだろ…。
それに私が3年だってことも。
この学校には外見で学年を見分ける物が何ひとつないのに。
「なんで名前知ってるか気になります?
また話す機会があったらその時に答えますよ!
ぶつかった上に、引き止めちゃってすいません。では!」
蓮川くんは2年生の校舎へと走っていった。
…私の手をやっと放して。
教室に着く頃、私の手にあった熱はもう冷めていた。
でも、心のあったかさは消えなくて。
桜の花びらが拾えたからだと思ってた。
気づいてなかったんだ。
奏太くんの笑顔を見たからだなんて。
心に焼きついてただなんて。
*azusa side*
「梓、おはよう!
今日遅かったね、チャイムギリギリじゃん。」
私の友達のみなみ。
小学生のときから仲がよくて。
別にいじめられてるわけじゃないけど、派手な女の子がイライラしてるときなのかな?
「デブ」って八つ当たりのように言われちゃう。
そんなとき私の代わりに言い返してくれる。
なんでも言える、すごく大好きな友達。
「おはよ…実はね?」
私はさっきの蓮川くんのことを話した。
改めてさっきのことを振り返ると…不思議な出来事だったなって思う。
「蓮川くんがねー…まぁ、梓のこと知ってるのはいいとして、梓が蓮川くんとしゃべってることが意外。」
確かに…。
実は私、男の子が苦手。
蓮川くんがかわいくても男の子は男の子。
なんでしゃべれたんだろ…。
ん?
納得しちゃったけど、私のこと知ってるのはいいの!?
みなみにそれを聞くと
「梓、気づいてないけど結構知られてるよ?
蓮川くんほど有名じゃないけど。」
って言われた。
「やっぱりデブだからかな…」
自分で言っときながら落ち込む。
その瞬間チャイムがなった。
「違うと思うけどなー」
みなみがそう言ったこと、私には聞こえなかった。
授業中もずっと蓮川くんとの出来事を考えてた。
気づいたら今日の授業が全部終わってしまった。
私は運動全然できないし、デブだし…
せめて勉強だけは頑張ろうっていつも授業はちゃんと聞いて家でも勉強してる。
今まで授業中に他のことなんて考えてなかったのに。
今日はほんとどしたんだろ…。
早く帰って、今日のところ勉強しよう。
そう決めて教室を出た。
「うわ、いきなり雨降ってきたよ!」
「ほんとだ…結構きついし傘ないし帰れないじゃん…。」
クラスの子が窓から外を見てそんな話をしていた。
天気予報では夕方から雨って聞いてたけど、こんなに強い雨なんて。
ふと目に入ったのは桜の木。
雨で余計桜が散ってしまう。
季節で春が1番好き。
春の象徴は桜なのに。
桜が散っちゃうと、春ももう終わってしまう気がして…毎年春の雨は嫌い。
蓮川くんの友達が言ってたっていう、あの桜の花びらの話…
信じるよ。信じるけど…
「今日は嫌なこと起こっちゃったなぁ…。」
雨に打たれる桜の木を見ながらつぶやいた。
「梓、帰ろ!」
「あ、みなみ。うん、帰ろっか。」
「なんか元気ないね?授業中も梓にしては珍しく集中してなかったし…。」
見破られてたんだ。
私はため息をついてしまった。
「んーなんか朝のこと考えちゃって。」
「ついに梓も恋?」
こ…い…?
…恋!?
「そ、そんなんじゃないよ!なんでそうなるの!?」
「集中できないくらい考えるなんてさ、恋かな?って思うじゃない。
まぁ、梓は初恋まだだもんね…わかんないか。」
昔から男の子が苦手だから、もちろん恋をしたことがない。
少女漫画が好きでよく読むけど、恋で切ないとか苦しいとかよくわかんない。
「その男子嫌いが治れば、梓すぐ彼氏できるよ?」
…はい?
いきなり突拍子もないことをいうみなみ。
「男の子が苦手じゃなかったら?わ…私なんかにできるわけないでしょ!?」
やせなきゃ無理だよ…。
「みなみ、またな!」
クラスの男子が通りかかった。
みなみは男子と仲がいいから、こういうのはしょっちゅう見る。
「ばいばーい!」
みなみとあいさつを交わした男子が階段のほうへ歩いていく。
しかし、ふと足が止まってこっちを向いた。
「広野さんも…ばいばい!」
え?
高校で男子とほとんどしゃべったことがない私。
ちょっとしたあいさつも交わすことなんてない。
だから話しかけられたり、あいさつされたりなんて…。
「梓!ほら、佑(ゆう)がばいばいって言ってるよ?」
「…ばいばい…っ」
びっくりしながらもあいさつをすると
「うん!ばいばい!」
にこって笑ってもう1回そう言ってまた歩き出した。
「ちゃんと言えたじゃん♪」
うん、言えた。
でも…
「なんでかな?私、あいさつしてもらえてうれしかったの。」
男の子が苦手。
だから嫌なはずなのに。
びっくりしてぎこちないあいさつになっちゃったけど、嫌じゃなかった。