本当に無意識だった。
どうして彼女を呼び止めたのかさえ分からなくて、むしろ、そんなことをした自分に自分で驚いていた。
「――…どうかした?」
様子を伺うように首を傾げて、何だかぎこちなく笑いながら問う彼女。
「いや…、何で知ってんの?俺の…名前」
「……ああ、古賀ッチに聞いたら教えてくれたよ」
何故だか俺のリハビリ担当の古賀先生のことを、『古賀ッチ』と異様に馴々しく呼ぶ彼女は、まるでそれが当然かのように、平然と俺の質問に答えた。
今イチ理解が出来ずに戸惑う俺に反して、にこやかな笑みを見せる彼女は、余裕綽々といったように見えた。
「それじゃあ、さようなら。不幸少年君」
にこやかに微笑んで、彼女は手を振りながらドアノブに手を掛けた。
「――…あ、それとね」
ギィ、と扉の開く錆びきった金属音がした直後、彼女は突然思いついたように口を開いた。
「……何だよ」
「――私、ヒヨコじゃなくて桐谷凛って言うの。覚えといてね?不幸少年君」
若干威張るように自分の名前を主張すると、彼女、桐谷凛はスッキリしたらしく、満足気な表情を浮かべると、早々と屋上をあとにした。